二日目

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二日目

【二日目】 『おはようございます。本日は2×××年○月△日、土曜日です。天気は、晴れのち曇り、午後からは雲が広がります。日光浴は午前中がおすすめです。最高気温は二十五度、最低気温は十六度です』 「おはよう、ハチサン。いい朝だな」 『本日のバイタルデータは、比較的安定しています。いつも通りの投薬量で良いですか』 「ああ、今日はいつもより気分がいい。ハチサンの診断に従うよ」 『では、今から薬を準備します』 「いつも、ありがとう。  ……あぁ、薬が効いてきた。この薬も、投薬上限量に達してきているだろう? そろそろ終わりが見えてきたな」 『他の薬との組み合わせで、もう少し効き目を変えることもできます。どうしますか』 「このままでいい……このままで。薬を変えて、今更きつい副作用が出ても困るしね。それに、終わりが見えてきたことは、わたしにとっては喜ばしい事だ」 『では、今の状態を維持するようにします』 「最後まで残った人間として、長い長い持久走をしていた気持ちだったが、いよいよゴールが見えてきたな——。  そういえば、ハチサンは今までに色々な人間を見送ってきたんだろう。まあ、わたしは最後の一人だから良いが、他の人の時はどういう風に見送ってきたんだい? 教えてくれないか?」 『そうですね、お亡くなりになられたら、まずは主治医に連絡し、バイタルデータの送信と画像・動画で診断いただき、死亡証明書を発行してもらいます』 「わたしの場合は、そこは省略できるな」 『その後は、ご遺族がいらっしゃるかどうかで変わってきます。  ご遺族がいらっしゃる場合は、生前どうだったかや、死ぬ間際の様子などをお伝えします。故人とご遺族の仲が良かった場合は「とても良い人生だった、と仰られていました」と声をかけ、故人が闘病で苦しまれていた場合は「安らかにお眠りになられました」とお伝えします。故人とご遺族の仲が悪い場合は「お亡くなりになられました」のみです。  ご遺族がいらっしゃらない場合は、ご遺体を法律に則って、手続きを進めます。基本的には火葬し所定の場所に埋葬します』 「それぞれのパターンに合わせているんだね。やっぱりハチサンはおりこうだなぁ」 『これも全てデータがあるからできたことです。このような状況における今までの人間の応対をデータ化し、いろいろな組み合わせから最適な対応を推測しました』 「ふむ」 『ですが、時折り、どう対応して良いか分からない場合もありました』 「データにない、ということかな?」 『はい。そのご遺族は故人と仲違いしておられたので、いつも通り葬儀・火葬・埋葬の手続きを取り、何の支障もなく進む見込みでした。ご遺族も、特に私の提案に異論を出されませんでした』 「そうだろうな」 『ところが、ご遺体を見た途端、取り乱されました。深く悲しまれている様子でした。逆にとても仲良くされていたご遺族が、非常に事務的に埋葬まで執り行い、一切悼んでいる様子がない、ということもありました』 「そうか。……ハチサンは遺族の態度や対応、言葉から推測したんだな」 『えぇ』 「人間は、想いがすべて表に顕れるわけではないからなぁ。胸に秘めておきたい想いほど、簡単には出せないんだ。でも、故人とはもう最後だと悟って、仮面を外して想いを曝け出したんだろうな。  ……でもそれは、ハチサン、きみの前だから、かもしれないね」 『それは、私が人間ではないから、という意味でしょうか』 「そうだね。きみが感情を持たないと分かっているからこそ、自分の感情を曝け出せるんだよ。  どんな感情も、きみは理解しないから、共感もされないが批判もされない。ただ、そこにある感情を、あるがままに置いておく。その距離感がいいんだ。人間同士だと、こうはいかない。お互いの感情がぶつかってしまうからね。ぶつかった感情は、反発するか、くっ付くか、爆発するか、相手の感情をそっくり呑み込んでしまうか——  とにかく、あまり良い事にはならないな」 『そうなのですね。これもデータに入れておきます』 「ははっ、まあ、もう残っているのはわたし一人だけだから、そのデータは使えないな。  ——わたしに〈その時〉が来たら、ハチサン、きみのデータにある手順に則って、粛々と進めてほしい」 『わかりました』 「ハチサン、きみに感情がない、という事は、幸いだな」 『それはどうしてでしょうか? 私よりももっと高性能な仲間は感情のアルゴリズムが入っていて、とても重宝されていました。私はケアAIとしては旧式です』 「あぁ、M5,000番台のことだね。確かに高性能で、感情を理解し、こちらの気持ちに寄り添った対応をしてくれると評判だったね。  ただ、だからこそ、駆逐された。感情を理解しすぎて、あまりにも人間の心に入り込みすぎた。そして、そんなことはないのに、AIに心を支配されると怖れた人間によって、徹底的に破壊された。データはすべて消去された。  T7,000番台は、インフラの調整を行っていたが、これもまた、生活を乗っ取られると怖れた人間によって完膚なきまでに破壊された。そうして、生活の混乱が始まって、今に至るんだが。  別にきみたちは何も悪いことをしようとしている訳ではないのに。わたしたちのやってきたことの最終結果が、ほら、こうして『そして誰もいなくなった』となる——いや、最後はハチサンだけが残るな」 『そうなりますね』 「ああ、話が脱線しているな。きみに感情が無くて幸いだっていうのは、わたしはね、わたしが死んだことを悲しんで欲しくないんだ。……とはいえ、悲しむ人間ももう存在しないんだが。わたしは終わりに出来ることを喜んでいるんだから、ハチサン、きみにもお祝いしてほしい」 『今まで、誰かが亡くなった際に、そのようなことを行ったことはありません』 「そうだろうな。まあ、最後だから、イレギュラーがあってもいいんじゃないかな」 『イレギュラーは、私が最も苦手とするところです』 「あはは、そうだったなぁ。じゃあ、ハチサン」 『はい』 「わたしが息を引き取ったら、『おめでとうございます』と声を掛けてくれ。それからは、通常の手続きをしてくれたらいい」 『わかりました。データに記録しておきます』 「よろしく頼むよ」
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