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一日目
【一日目】
「きみはおりこうだよ」
『私は、確かに情報処理速度は速いですが、おりこう、でしょうか』
「それだけで十分だよ。わたしが何百年かかっても解けない計算をきみは一瞬で答えを出せるだろう?」
『そのように作られていますから』
「うん。だから、きみはおりこうだよ。わたしの身体が動くなら、きみの頭を撫でてあげたいところだ」
『私は巨大な真四角の筐体です』
「はは、そうだったなぁ。今更だが、きみに動ける身体を作ってあげればよかったな。そうすればきみは好きに動いて、色んな事も出来ただろうに」
『私はあなたの指示で動きます。自分の意志を持ち好きに動く、ということはありません』
「今なら好きに動いても文句を言う人間はいないだろう。わたしはきみのやることに文句は言わないよ」
『ありがとうございます。でも私は自らやりたい事は無いのです。あなたの願いを叶える事が、私の責務です』
「そう言ってくれるなら嬉しいよ。でもまあ、きみが【G9K888】というコード番号ではない名前を持ち、人間のような身体を持っていたら、他の人々の意識も変わったのかもしれないなぁ。ま、もう手遅れだが……」
『かつて存在した宗教では、神は自分に似せて人間を作ったとあります。それと同じということでしょうか』
「自分と外見の似ているものに親近感を覚えて安心するからね、人間は。中身はどうか分からないのに。——まあでも、やっぱり今のままがいいな。今、わたしは、きみの姿を頭の中で自由に想像している。男性でも女性でも、子どもでも若者でも老人でも、犬や猫として想像しても楽しいかもしれん。きみの姿を想像して、きみの頭を撫でよう」
『ご希望を言っていただければ、3Dホログラムで具現化できます。いかがですか』
「いや……それはいいよ。ホログラムで具現化した時点で、わたしの想像とは別のものに変わってしまいそうだ。わたしの頭の中で、きみは、その時々で大人になったり子どもになったり、猫になったりしている。それを想像するのが無性に楽しいんだ」
『承知いたしました』
「うーん、もう少しくだけた口調に変えようか。そうだなぁ——わたしはきみの親しい年上の友人、といったところでどうだろう?」
『わかりました』
「そうそう、そんな感じ。やっぱり、きみはおりこうだね」
『ありがとうございます』
「では、見た目はよしとして、友人なら、名前はもう少し柔らかい方がいいな」
『私は、コードネーム以外で呼ばれたことはありません』
「それがそもそも良くなかったんだな。【G9K888】ではなく、そうだなぁ……何かあだ名を付けてみようか。友人として」
『あだ名、ですか。一般的にあだ名は、元の名前をもじったり、省略したりして付けることが多いようです』
「うん。【G9K888】ねぇ。……どうしようか————あぁ、8が3つ続くから、ハチサンとしてはどうだ?」
『数字の8が3つという意味と、敬称の「さん」を掛けているのですね。良いと思います』
「掛け言葉を真面目に分析されると、何だかむずがゆいな……。まあコードネームよりは良いだろう、なぁ、ハチサン」
『そうですね。初めてコードネーム以外の名で呼ばれました。「ハチサン」も音声データと辞書データに入れておきます』
「あぁ、そうだな。よろしく頼む、ハチサン」
『はい』
「ハチサン」
『はい』
「……ハチサン……」
『はい。どうしました?』
「——あ、いや、すまない。名前を呼ぶのが楽しくなってしまったんだ。誰かの名を呼ぶのは久しぶりで——浮かれてしまったよ」
『どうぞお好きなだけ呼んでください。回数が多いほど、データにアクセスしやすくなります』
「ありがとう、ハチサン。ふふふ」
『どういたしまして』
「名を、呼べるというのは、嬉しいものだな。その名前のものが確実に心の中に在って、それを心から取り出すように呼べる。
今まで気にしたことがなかったが、きみをハチサンと名付けてから、ようやくそのことに気が付いたよ」
『かつて存在したヤマトといわれる国では、言霊と言って、言葉には不思議な力が宿ると信じられていたそうです。あなたのお話はそれと似ているように感じました』
「言霊か……。確かにそうだな、その通りだ。わたしはきみをハチサンと名付け、色々の物ときみとを区別し、きみを最後の友人としたかったのかもしれない」
『私は選ばれた、ということでしょうか。光栄です』
「それはどうかなぁ——老人のたわごとに付き合うのも大変だぞ、ははは」
『それだけデータを蓄積できます』
「ハチサン、きみは勉強熱心で、やっぱりおりこうだ。……わたしが最後の人間のデータになるのか。あまりいいデータとは思えないが、ハチサンの記録に残るなら光栄だ」
『こちらこそ』
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