ネネとチーチ

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「……という事をご家族に伝えてくださいね。では皆さん、今日も元気に過ごして、明日また会いましょうね。さようなら」  リリ先生が、ネネ達、幼稚園の年長組のみんなに向かってそう言いました。 「はーい、リリ先生さようならー」  皆は、リリ先生に向かって挨拶をすると、小さなぬいぐるみがついた鞄を持って、リリ先生のパートナーであるクークと一緒にお外に出ていきました。ネネも慌ててリュックを持ってお外へでようとしました。 「痛っ。待ってください」  聞きなれた声がしたのでネネが振り返ると、床に白い犬さんの小さなぬいぐるみが落ちていました。 「落ちました。痛っと声が出ました。チーチを拾ってください」  声は、犬さんのぬいぐるみから聞こえました。ネネは慌ててぬいぐるみを抱きしめました。 「ごめんね、チーチ。痛かった?」  ネネがぬいぐるみに向かってそう言うと、チーチと呼ばれたぬいぐるみはネネの腕の中で、小さな手足を少し動かしました。 「痛っと声が出る衝撃はありました」 「でも落としただけだよ。前は大丈夫だったよ」 「でも衝撃はありました」 「ふーん、本当にー?」  なんとなく嫌な気分になったネネは、チーチをギュッと握りました。 「痛っ」  チーチから悲鳴が聞こえてネネは慌てました。 「だ、大丈夫?」 「再び痛っという警告の声が出ました。少し調べます」  そう言うと、チーチは手足を少し動かしました。 「手足は動きますし、現在、目立った障害はありません。年の為にバーバかジージにメンテナンスを要求してください」  その言葉を聞いて、ネネは悲しくなりました。 「メンテナンス……今日はもう一緒に遊べないの?」  チーチがメンテナンスというものをしてもらっているとき、一緒にいられないことをネネは知っています。 「故障がないか調べるだけのメンテナンスです。夜にネネが寝ている間に終わる予定です。それまでは一緒にいられます」  チーチが透明な目の奥を光らせながらそう言うので、ネネは嬉しくなりました。 「そっか。じゃあ、今日は何して遊ぶ?お庭で泥遊びする?それとも……」  ネネがチーチに話していると、お外に出る扉からリリ先生がやってきました。 「ネネちゃん、ジージが向かえに来たわよ。あら、まだリュックを背負ってなかったのね」  リリ先生は、ネネの側に来てリュックを背負うのを手伝ってくれました。 「チーチはどうする?リュックに入れる?」 「どうしようか……」 「再びリュックからチーチが落ちる可能性があります。ネネが手に持つことを要求します」 「あらそうなの。じゃあネネちゃん、チーチをしっかり抱いてあげてね」  リリ先生の質問にネネが答えようとしていると、チーチが勝手に決めてしまいました。ネネはなんだか面白くありません。 「むーっ……はーい」  ネネは返事をしながら、なんだか胸がモヤモヤしました。  幼稚園の門の側に、ネネやリリ先生のように人間ではなく、服を着た大きな男の熊さんと先生よりちょっと小さい男の猫さんが立っていました。熊さんはネネの家族のジージで、ネネ達に気づいたのかこちらに歩いてきます。猫さんのクークは、ネネ達に手を小さく振ってから建物の中に入ってきました。 「ネネ、迎えに来たぞ……って、なんだかムスッとしているな」  ジージは、薄茶色の熊さんの顔を不安そうにしながら、ネネのパパより大きな体を屈めて、ネネの顔を覗いてきました。 「さっきまでは明るかったのだけれど……ネネちゃん、どうしたの?」  リリ先生も心配そうにしています。ネネはなんとなく言いたくなかったのですが、言うことにしました。 「……チーチが……勝手に決めた。ネネがチーチを持つって」 「ああ。ごめんね、ネネちゃん」  リリ先生は、困った顔をしながらほんのりピンクな唇の端を少し下げました。 「チーチが鞄から落ちたので、リュックに入るのを嫌がったの。それで、ネネちゃんが何か言う前に、チーチと私が勝手にネネちゃんが持つって決めてしまって。それが嫌だったのね、ごめんね」  ネネは、リリ先生の眉毛の端が下がっているのを見て、許してあげなきゃ駄目なのかなと思いました。 「うん……大丈夫」  ネネが頷くと、リリ先生はホッとした表情になりました。すると、ジージがネネの頭をフサフサの手で撫でてくれました。普段は毛のない革の手袋をしているのですが、ネネと帰る時は外して手を握ってくれるので、ネネはジージと帰るのが大好きです。ネネの頭をしばらく撫でた後、ジージはチーチの首根っこを掴み、ネネの腕からひょいとつまみ上げました。 「チーチ。それぐらいの事を勝手に決めるな。お前にその権限はまだない」 「意見具申。自身の故障回避の為、確実性の高い要求をしただけです」 「でもリリ先生と勝手に決めただろ。ネネに言わずに」 「意見具申。結果は同じ」  チーチの返事を聞いたジージは怖い顔になりました。きっと本物の熊さんよりも怖い顔です。 「それでもだ。お前が自由に決定できるのは、ネネの危険を避ける時だけだ。それ以外で許されることは、ネネにお願いする事とネネを敬称なしで呼ぶ事とネネの側にいる事だけだ。このままでは、側にいる事も必要最小限になるぞ」 「…………それは嫌です。今日もネネが寝るまで一緒にいるのです」  チーチが目をチカチカさせながら答えると、ジージは鼻からフンと息を出して、いつもの優しい顔になりました。 「ちゃんと嫌って気持ちが分かってきてるじゃないか。俺達はAⅠを人間に育ててもらっているんだ。死ぬまで側にいてくれる兄姉を最優先にするのは当たり前だろうが。弟だからって甘えすぎるな、ちゃんと謝れ」  ジージはネネの目の前に、チーチをつまんだままぶら下げました。 「……ネネ、ごめんなさい」  チーチの顔が、少し下を向きました。背中も丸くなっています。それを見て、ネネは胸のモヤモヤが無くなっていく気がしました。 「ううん。ネネも落としてごめんね。すごく嫌だったんだね」  ネネが両手を前に出すと、ジージは少し笑いながらチーチをそっと抱かせてくれた後、ネネの頭を優しく撫でてくれました。ネネはなんとなくくすぐったい気持ちになって、まだ丸いチーチの背中を撫でました。チーチの背中は少しずつまっすぐになっていきました。 「さあ、そろそろ帰ろうか。来週はママとパパがお仕事から帰ってくるからね。そろそろバーバと一緒に、どんなご馳走にするか考えないとな」  チーチの背中がまっすぐになった頃、ジージがネネに右手を差し出しながらそう言った。ネネはチーチを胸の前でぎゅっと抱き抱えると、左手でジージの手を握った。  リリ先生の方を見ると、先生は涙ぐみながら口を押えていた。 「ネネちゃん、立派なドミナスになって……チーチもネネちゃんに育ててもらって体を貰える試験にきっと合格するわ。あなたたちは、ネネちゃんのママとジージのように素敵なパートナーになるはずよ」 「先生、いつも大変お世話になってまして」  ジージがすまなそうな顔をしていると、リリ先生は首を大きく振りました。 「こちらこそ、もっと気を付けるわ。ネネちゃん、ごめんね。明日もチーチと仲良く来てね」  リリ先生の鼻は赤くなっているけれど、とても素敵な顔で笑いました。それを見たネネとチーチは、 「はいっ!先生、さようなら」 「了解です。明日もよろしくお願いいたします」 とご挨拶しました。リリ先生の顔はますますニコニコになりました。 「ええ、またね」
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