起動

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起動

「2083年9月13日になりました。システムを起動します」  日付が変わったきっかりの時間に、そいつは起動した。研究棟の一角を占める空間の巨大サーバーが、一人でに唸り出す。猛る獣の様にサーバーが熱を帯び出した。この一室は冷房が掛かっているが、かなり冷やさないとサーバーが熱暴走を起こす。いずれ冷蔵状態になるだろう。  遂にこの時が来た。還暦間近にもなると時間の経過が早く感じられるというが、この日を待ち続けた20年と50日は長かった。  私は自分の研究室に駆け戻り、SYSMARの照合進捗具合を確認する。まだ起動して数分しか経っていないが、照合画面には既に減り行く数字が表れていた。 「12億……」  現代の世界人口は約104億人。20歳以下の人口が約12億人というのは、素人でも計算すれば分かることだ。  照合に数週間を要するのは予測の範囲内。いくらAI搭載のスーパーコンピュータ―とはいえ、すぐに結果が出せるはずはない。分かってはいるが、照合を放っておいて帰宅するわけにはいかないほど、その結果が気になるのだ。なにせ、104億分の1が絞り込まれるかもしれないのだから。千頭和さんの生き返りが。  千頭和さんと私は、元は研究分野の異なる赤の他人だった。千頭和さんは脳における記憶領域の研究を、私は人感と機械のコネクションの研究をしていた。  始まりは、私の研究内容を聞きつけた千頭和さんが、私にDMを送り込んできたことから始まった。話がややこしい上に重大な提案であったため、当時30代前半だった私は、千頭和さんと直に会うことにした。 「記憶の情報を機械のメモリーに書き写すということですか?」 「はい。そういうことです」  要するに、共同研究の依頼というわけだった。話を聞くに、それは人の一生に留まらない壮大な研究になることが確定していた。 「最近では胎内記憶や前世の記憶を持ったまま生まれる人も珍しくはないですよね?」 「ええ。わたしも言語化できない程度にはうっすらと」 「それはつまり、現代の人間が使える脳の領域が、昔よりも大きくなってきたからです」 「この数十年でイルカに匹敵するくらいになったとか」 「そこで思いついたのです。もし現代で得た記憶をデータ化して鮮明に保存しておき、死亡して転生した後に、転生前の自分の記憶データと巡り会えたとしたらって」  千頭和さんの言うは夢物語の様だが、技術も脳も発達してきた現代においては、それが可能かもしれない。 「実現したら、かなり博識な人間が出来上がるかもしれませんね」 「そうなんです! 人間の記憶が一生でリセットされる時代は終わりです。宇佐川さん、私達の手で何生だって繫いでみせましょうよ!」  自身の研究内容上、この共同研究で生物学や身体科学に関する知識が増えることは、私にとっては利点だった。研究の更なる発展を期待できる。多忙を極める覚悟の元、私は千頭和さんとの共同研究に打って出ることとなった。
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