2日目

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2日目

 SYSMARの起動から2日目。照合は242万人にまで絞り込まれていた。やはりペースは落ちている。まだまだ先は長い。私の生きている間に照合が終わるだろうか。仮に終わったとしても、照合された人物を呼び出し、記憶の継承を持ち掛け、読み取った記憶を電子デバイスから人体の脳内に送り込む作業が必要になる。脳からアウトしてデバイスに写し書きされるのとは違い、デバイスから脳にインして記憶を定着させる方が、遥かにリスクが大きい。  倫理面を危惧した私達の予想は妥当だった。照合の許可は下りているけれども、人体への記憶継承過程に踏み込むのにはストップが掛かっている。  千頭和さんの生き返りと照合された人物を特定したら、私は迷わずその人に会いに行きたい。直接会って、千頭和さんの生き返りかを確かめたい。それで、やはりそうだと私が認定したら、私は記憶の継承を進めてしまうだろう。それでもし、その人がそれを受け入れてくれたら、私は禁じられた領域に脚を踏み入れることを厭わないだろう。隠れてそれができる、機器を揃えた秘密の場所を用意しておかなきゃな。  千頭和さんの生き返りさんなら、必ず記憶の継承を受け入れてくれるだろう。まだ若くして亡くなられた千頭和さんなら。  研究という世界で、記憶というまるで文学の様な不確かなものを取り扱う。当然、一生で終えられる研究ではないだろうと、私は自覚していた。その自覚は、千頭和さんの方がもっと強かった。 「私、現在闘病中なのですが、多分完治しないんですよ」 「えっ、そんなに重いご病気を患われてるんですか?」 「母が転移を繰り返した癌に侵されて、私が子供の頃に死んでます。数年前、私にも癌が見つかりました。手術はしましたが、やはり転移してました。きっと母と同じ死を迎えることになるでしょう。私の命もあと数年です。だから、思いついたことはやっておきたいのです」  千頭和さんの強い思いがあったことも、共同研究を受け入れた理由の一つだった。 「それに、私が早く死んでも、来世で現世の記憶を受け取ることができたら、今の研究も一緒に引き継げます。つまり、この研究が成功したら、寿命が何倍にも伸びるようなものなんです。不健康寿命だけ延びて堕落した長生きをするより、こっちの方が先進的ではありませんか?」  だから私は、千頭和さんの死後も、この研究と千頭和さんの記憶と遺志を守り続けた。千頭和さんの来世で、私が巡り会えますように。
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