現 山先クイナ

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現 山先クイナ

 朧気な前世の記憶があった。それが現世で私が生きる意味みたいな気がして、その正体を確かめたかった。  前世の記憶について調べていた高1の夏。SYSMARという転生後記憶継承システムが発明されていることを知った。まだ研究段階で実用例は示されていなかったけれど、SYSMARの存在を知った時、まるで脳が閃光に射抜かれたような衝撃を受けた。つまり、前世の記憶がより鮮明になったのだ。宇佐川さんとの事、SYSMARの研究をしていた事、癌が転移していた事、死に際を宇佐川さんが看取ってくれた事。再会できただけで運命みたいだった。  この大学に居れば、いつか宇佐川さんに近づけると信じていた。そして今日、巡り会えた。この機を逃すわけにはいかない。私は元千頭和ヒタキだ。宇佐川さんに信じてもらわなければ。 「では、私の嫌いな食べ物は?」 「アボカドです」 「千頭和さんの没後、何年何カ月何日でSYSMARは起動した?」 「20年と0カ月と50日です」 「千頭和さんの死因は?」 「癌です。転移を繰り返して再発し、死因となったのは膵臓癌でした」 「千頭和さんが最期に遺した言葉は?」 「来世でまた会おう」  どの質問にも答えられる。20年前に会っていた宇佐川さんなら信じてくれるはずだ。 「では、千頭和さんのお母様はどんな方だ?」 「病弱な方でした。千頭和ヒタキの幼い頃に他界していたため、人柄はあまり覚えていませんが、優しい方だったのは確かです」 「そうか」  宇佐川さんは考えている。まだ信じてくれないのだろうか。 「一つくらい無いのかね? 私が聞いているような、千頭和さんとそのお母様のエピソードは?」  前世の幼少期なんて覚えていない。母はずっと病院だったし、当時の私は、まだ物心がついていなかった。母が死んでしまって哀しかったことくらいしか記憶に残っていない。 「特に無いか?」 「つまり、つまり、その……」  私は前世の記憶を完璧に取り戻したわけじゃない。だからこそ、宇佐川さんに預けた私の記憶を取り戻さなければならないんだ。思い出せない事があったって、しょうがないじゃないか。  宇佐川さんは、携えていた鞄を後部座席に載せた。ああ、帰ってしまうんだ。私は、私が千頭和だったことが認められなかったんだ。絶対にこのチャンスは逃せない。けれど、これだけ質問に答えても信じてもらえないようでは、もう弁明の余地は無い。 「覚えて……ません」  後部座席の扉を閉め、また車の扉を開ける音が聞こえた。このまま宇佐川さんを見送るしかないのか。そう涙を呑んだ。  しかし一向にエンジン音がしない。宇佐川さんが次に開けていたのは、助手席の扉だった。 「乗りなさい」 「……え?」 「いや、乗ってください。千頭和さん」 「え、どうして……?」 「『つまり』を多用する口癖は、生まれ変わっても変わらないんですね」  宇佐川さんは、噛み締める様に笑っていた。 「ありがとうございます!」  髪を振り乱すくらいのお辞儀をして、私は宇佐川さんの車に乗り込んだ。
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