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☆忙しいってそういう事☆
<妙>
「妙、俺を隣でずっと支えていてほしい」
9月8日ディナークルーズのデザートを食べ終わり風にあたりに行こうかと言おうとした時、篤さんがおもむろにテーブルの上に小さなジュエリーケースを置いた。
篤さんと同じ会社の経理部に所属する私は領収証のやり取りで顔を合わせることがあり、時篤さんに何度か食事に誘われ、篤さんからの告白ののち付き合うようになって半年、初めての誕生日をディナークルージングで祝ってくれた。
篤さんは私に見えるようにジュエリーケースを開けると、プラチナ台のサファイアリングが輝いていた。
「結婚しよう」
日に焼け、彫りが深くややもすると強面に見えてしまう顔が緊張しているのがわかる。
「はい」と返事をすると冒頭のセリフを篤は照れながら言った。
あれから3度目の誕生日が近づいている。
篤さんは営業課長で、今年の梅雨明けくらいからずっと忙しく夜も遅くなっていた。
そして最近では疲れから私に対する態度や言葉遣がキツいが、毎日仕事をして帰ってくるのだから我慢しようと思っても、プロポーズの時を思い出して寂しい気持ちになる。
クリスマスの入籍と同時に私は退職をした。
転職を考えたが家に入って支えて欲しいと言われて専業主婦になったが、1年ほどすると社会から乖離したような感覚になった。
家賃や光熱費は篤さんの口座から引き落としで、毎月8万円をもらい生活費としている。
なるべくその中から貯蓄が出来るように節約をして結婚前の自分の預金は手をつけないようにしている。
篤さんがいない日中、習い事をするにもお金がかかるしそれならとこっそりリモートでできるアルバイトをしている。
社会の中に戻った気持ちになるし、扶養から外れないように調整は必要だけど貯蓄が出来ることでまた、気持ちが楽になった。
一応夕食の準備をしておく。
一度にたくさん作って冷凍してあるハンバーグと冷凍しておいたほうれん草をソテーして、これも作り置きしているニンジンのグラッセを解凍する。
作り置きの味噌汁だまは篤さんが帰宅して食べるようなら温める。
たぶん、これは明日の私の昼食になると思うけど。
篤さんはこの一月は特に帰りが遅く残業で弁当生活だと言っている。
毎日残業で大変なのに、夏のボーナスは大幅カットだったらしく、ボーナス時は予備のお金を渡してもらえるのだけど、今回はすごく少なかったが、それならば私が頑張って節約をすればいい。
晩御飯も家では食べないから、私は夜はおにぎりだけで篤さんが食べなかった夕食を昼食にして食費も減らしている。
ただ、篤さんが無理をしていないか心配だ。
今も、23時を回っている。
日付が変わる前に帰れるといいけど、こんなに忙しいのは今まで無かった。
そんなことを考えているとガチャリと解錠の音がした。
「はぁー疲れた」
そう言ってネクタイを緩めながらリビングに入ってきた。
「お帰りなさい、ご飯は?」
「あーまた弁当食ってきた」
「ずっと忙しいんだね」
何気ない話に、篤さんが急に「は?」と返事をする。私はそれほど深く考えず「浮気してたりして」と軽口のつもりだったのに、次の瞬間、頬に痛みが走り床に倒れていた。
え?
何?
痛い
頬が痛くて思わず手のひらで抑える。
「俺が毎日必死に仕事してお前を食わせてるのに、浮気を疑ってんのかふざけんな。シャワー入るわ。マジで気分悪い」
かなり強い言葉でそう言い放つとバスルームに向かっていった。
何が起こったのかわからない。
暴力を振るわれたのも、怒鳴られるのも初めてで恐怖で体が震える。
ゆっくりと起きあがろうとしたところで篤さんの背広のポケットからスマホの通知音が連続で鳴っている。
バスルームではシャワーの音が聞こえている。ゆっくりとポケットに手を入れて見てみると、ログインをしていないから誰からかはわからないが連続でラインのメッセージが入っていた。
スマホをポケットに戻すとハンドタオルを水で濡らし、叩かれた頬に当てる。
鏡に映すと頬が赤くなっていた。
本当に浮気してる?
そんなことないよね
私が一生懸命働いてくれている篤さんに変なことを言ったから
でも、叩かれた事に心が追いつかず涙が溢れた。
「ごめん。仕事が大変でさ。イライラしてたんだ」
いつのまにかバスルームから出てきた篤さんが、先ほどとは別人のように柔らかい表情で謝ってくれた。
大丈夫だよね?
もう叩いたりしないよね?
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