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まもなくしてドアが開き、二十代半ばと思われる男性が顔をだした。苛立っていた沢口さんは、前置きもなし苦情をぶつけた。
「カリカリって音がうるさいんですよ。いい加減にしてくれませんか」
すると、男性はボソボソとこう呟いた。
「それは僕がだしてる音じゃないです……クローゼットの壁を調べてみればわかります……」
呟き終えた男性はドアを閉めようとした。
「あ、ちょっと待ってください」
しかし、ドアはそそくさと閉められてしまった。
その場に取り残されてしまった沢口さんは、申し訳ない気分でいっぱいになった。
男性の話を信じるのであれば、あの引っ掻くような音は、男性とは無関係のものらしい。だとしたら、悪いことをしてしまった。
夜中に訪問して一方的に見当違いの文句を言うなんて、それこそ近所迷惑にほかならない。だが、遅い時間にもう一度インターホンを鳴らすのは気が引ける。後日に改めて謝罪すべきだろう。
一方で疑問もわいた。
男性と関係ないというのであれば、どうしてあの音のことを知っているのか。
いろいろ思うところがあったものの、沢口さんはとりえず自分の部屋に戻った。
さっそくクローゼットの壁を調べてみた。
カリ……カリカリ……カリ……
クローゼットのドアを開けると例の音が聞こえてきた。
沢口さんは腕を伸ばして左の壁に触れた。
すると、軽く押すだけで壁が向こう側に傾いた。どうやら壁と思っていたものはただのベニヤ板で、それが壁のように立てかけてあるだけらしかった。
その仕組みに気づいたのとほぼ同時に、沢口さんはそれを見つけた。
(なんだよ、これ……)
傾いたベニヤ板の向こうに白っぽい壁が覗いている。それが本来の壁に違いなく、その壁とベニヤ板の隙間に、セルライト製らしき一体の人形があった。
ベニヤ板を取り除くと人形が露わになった。
大きさは目算で三十センチメートル、西洋の子供を模した人形のようだ。純白だったのであろうフリルのついたドレスは、茶色く薄汚れて見窄らしい感じになっている。ふたつの目玉はガラス製と思われるが、色が抜け落ちてしまっているのか、黒目とおぼしき部分が見あたらない。まるで白目を剥いたかのような状態だった。
沢口さんは気味悪さを覚えながらも人形をクローゼットから取りだした。
すると、いつの間にかあの音が聞こえなくなっていた。なにかを引っ掻くような、カリカリ……というあの音がピタリとやんでいた。
まさか、この人形がニヤ板を引っ掻いていた?
ここからだしてくれと?
しかし、すぐにそんなわけないと自分の思考を否定した。馬鹿馬鹿しい。
音の正体は不明であるが、少なくとも人形ではないはずだ。
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