クローゼット (3300文字:全3ページ)

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 翌日の午前中に沢口さんは不動産会社に電話を入れた。人形を引き取ってもらおうと考えたのだ。  前入居者の持ち物であれば、勝手に捨ててしまうのも憚れる。それに人形というのはなんとなく粗末に扱いにくいもので、ゴミとしてだすのは良くないような気がした。  不動産会社に預けておけば、前入居者に返却するなど、適切な方法を取ってくれるだろう。  カリカリという音については伝えないでおいた。沢口さん自身も音の正体がよくわかっておらず、どう伝えればいいのか考えがまとまらなかった。  電話をしてから三十分ほどが経った。  車を飛ばして部屋までやってきた担当者は、沢口さんの顔を見るなり深々と頭をさげた。 「誠に申しわけありませんでした。清掃が不充分だったようでご迷惑をおかけいたしました」  人形は状況からして前入居者が残していったものの可能性が高いという。だが、前入居者と連絡が取れないため仔細はわからないとのことだ。  しかし、事情がどうであったとしても、不動産会社の落ち度である。  部屋の入居者が決まったさいは、入居日までに業者を入れて清掃をする。前入居者の持ち物だろうがそうでなかろうが、部屋になにかが残っているのは不手際にほかならない。  また、話の流れで沢口さんが隣室の住人と言葉を交わしたむねを伝えると、不動産会社の担当者は強い驚きをあらわにした。 「それはおかしいです。隣室の入居者はまだ決まっていません。人がいるなんて……」  空室の部屋に誰かが無断で入りこんでいたとすれば大ごとだ。  担当者はすぐにマスターキーで部屋を開けて確認したが人のいた形跡はなかった。  だが、沢口さんの話を全面的に信じた担当者は、帰社して防犯カメラをチェックすると約束してくれた。  マンションの廊下には防犯カメラが設置してある。沢口さんと言葉を交わした隣の部屋にいた何者かが、防犯カメラの映像に残っていれば不法侵入の事実が明らかになる。  場合によってはその映像を証拠として警察に届けるという。      *  数日後に担当者から電話があった。防犯カメラをチェックした結果を報告してきたのだった。 「実際の映像をお見せすることはできませんが……」  事件性がない限り映像は見せられないのだという。  だが、どんなものが映っていたかは詳しく説明してくれた。その内容はきわめて奇妙だった。  深夜の一時過ぎに沢口さんが部屋から出てきたところは映っている。だが、隣の部屋には向かっていないというのだ。沢口さんは自分の部屋の前でくるっと一回転して、自分の部屋のインターホンを鳴らした。  そして、閉じたままのドアに向かって、なにかを呟く素ぶりをみせたあと、ドアを開けて自分の部屋に入っていった。  沢口さんの記憶では、隣の部屋の住人に苦情を告げに向かった。しかし、防犯カメラに残っていたのは、その記憶とはまるで異なるものだった。  また、壁をカリカリと引っ掻くような音は、未だに正体がわかっていないという。      了
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