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「最近、異世界に行ってるのよ」
この前友だちになったナギリがいきなりそんなことを言い出した。
テルは興味なさそうに弁当をつつく。
風はないが、少し雨が降っていた。
祭日が五月雨のように続き、なんとなく学校に行くのが億劫になってくる頃だった。
「おう」
会話が続かないので、テルは口の中のウインナーが
なくなりそうなタイミングで相づちを打つ。
相手の反応があったのを確認して、ナギリは話を続ける気になったようだ。
「そこはさあ、特撮好きの顔がいい女子高生が君臨しててさあ」
「どっかで聞いた話だな。オタサーの姫ってこと?」
「いや、オタサーみたいな狭い感じじゃなくて。もうちょっと大規模かな」
「へえ。夢設定ってやつだけど異世界ならしょうがないか。変身して怪獣とか悪の組織とかと戦ったりするん?」
「いや、基本的に平和な世界だから。賞賛はするけど、下げはない。やさしい世界」
異世界ものの設定にしては地味な展開だなぁ、と思いながらテルは弁当を食べ進める。
「みんななんとなく、遠巻きに憧れてる感じで、誰が特別って訳じゃなく、等距離を保ってて、それが心地いいのよ」
「おお、良いじゃん。俺は特撮そんな興味ないからなんだけどさ。ナギリはオタなんだから理想的じゃん」
「うん、だから、そっちにいるのがほとんどになると思うわ」
友だちになったばかりなのに悪いな。
まあ、繋がりが全く切れるわけじゃないから。
そうして、ナギリは異世界に行ってしまった。
異世界とこの世界が全く違うのはわかったし、きっとナギリとはこのまま会えなくなるんだろうな、とテルはちょっと寂しかった。弁当の時間、やっと話し相手が出来たと思ったのに。
三ヶ月ほどたったある日。
ナギリからダイレクトメッセージが来た。
「元気ー?ナギリだけど覚えてる??」
「おお、久しぶり。アイコン変わってるから最初わかんなかったわ」
「俺さ、そっち戻ろうと思うんだわ」
「え、なんかあったん?」
「あー、なんかはないんだけどさ、なんとなく居心地が悪くなったっつーか」
「?」
「姫に取り巻きっつーか、囲いみたいな奴らが出来ちゃってさ。姫の言うこと全肯定みたいなさ。で、やさしい世界だからそれを批判も出来なくてさ。楽しいは楽しいんだけど、最初の頃の楽しさがなくなっちゃったっつーか」
「あーね……でもこっちの世界もそれは似たようなもんじゃね?」
「まあそうなんだけどさ」
結局、ナギリは三ヶ月で異世界から戻ってきた。
理想の桃源郷に行ったら人は行ったきりになってしまうものだと思っていたのに。
「向こうではお前みたいに話せる友だち出来なかったからさ」
こんな恥ずかしいセリフが言えるのも、面と向かってないからか。
昼休み、スマホでリプライを交わすだけの友だちだけど。
弁当を机に広げながら、ちょっと嬉しいテルなのだった。
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