◇幕開け

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◇幕開け

 シルクのオーダードレスを(まと)った女性の耳元で、大ぶりのピアスが揺れていた。  彼女は重厚な扉を開けると、シャンデリアが(きら)めき壁に絵画が飾られた室内を、脇目もふらずに進んでいく。  その姿は、堂々としていて美しい。  華奢(きゃしゃ)なハイヒールは、柔らかな絨毯(じゅうたん)の上をしっかりと踏みしめ、ふらつくことはない。  貴賓(きひん)たちは驚いたように目を見開いている。  テーブルの上には鮮やかな花が飾られ、上等な料理が並んでいた。  会食はまだはじまらない。  なぜなら、招かざる客がやってきたからだ。 「最後にひとこと言わせてください」  テーブルの中央まで進み出ると、皆の注目を集めながら彼女は声を張った。 「私は今、最高に幸せです。地位やお金に縛られない生き方を、手に入れたからです」  主賓席に座る白髪交じりの男性が、不機嫌そうに顔をしかめる。  至るところから、感心とも呆れともつかぬため息が聞こえてきた。 「皆様、今までお世話になりました。本日、離婚いたしました」  しかし彼女の表情は、澄み渡った空のように晴れやかだった。
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