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突然、坂口くんは「あっ」と言って立ち止まった。
「俺ちょっと寄るところあるからここで~。じゃあねえ、坂口、和辻さん。バイバ~イ」
そして急に自転車にまたがると、手をひらひらと振りながら角を曲がって行ってしまった。
あっけにとられる私。山岸くんも驚いているのか、しばらく坂口くんを目で追っていた。
「あのさ」
「は、はいっ」
私もつられて立ち止まる。
「櫓……頑張ろうな」
「ね。一緒に頑張ろう」
目を見てそう答えると、山岸くんは少し頭を掻いてそれから笑った。
決めた。チャンスは今しかない。
「あのっ、山岸くん! 夏休みに入ったら会えなくなるし、たまにLIMEなんかしてもいいかな?」
「あ、うん。もちろん」
「ありがと」
良かった、断られなくて。二学期になったら席替えがあるし、きっと離れてしまうだろう。その前に少しでも距離を近づけておきたかった。
再び歩き始めるとすぐに駅に着いてしまった。大人たちが次々吸い込まれて行く。ちょうど、電車が来る時間なのだ。これを逃すとあと二十分待つことになる。
「じゃあ、電車乗るね」
「ああ。気をつけて」
電車がホームに滑り込んできた。私は改札を抜けて振り返り、山岸くんに手を振る。彼は、軽く右手を上げた。
発車のベルが鳴り電車が走り出す。山岸くんの家とは反対方向へと。建物に隠れて、電車からは彼の姿は見えなかった。
(せっかく二人きりだったし彼女がいるか聞くべきだったのかな。でも、LIMEできるだけでも嬉しいからいっか。まだ山岸くんには私のこと全然知ってもらえてないし、もっとたくさん会話して好きになってもらえるように頑張ろう)
三両しかない小さな電車に揺られながら、私は幸せな未来を思い描いていた。
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