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それから、私は山岸くんを観察するようになった。女子とは話さないけど男子、特にテニス部の坂口くんとはよく話している。数学の授業はちゃんと聞いてるけれど国語の時はあくびばっかり。授業が終わると真っ先に教室を出て部活に急ぐ。
(いい人っぽいんだけどなあ。チャンスがあれば話してみたいな)
そう思っていたら、案外すぐにその機会はやって来た。
「どうした? 山岸。資料集忘れたのか?」
ある日の地理の授業で、彼は資料集を忘れてしまったのだ。
「忘れたのなら隣の奴に見せてもらえ」
それを聞いた私はすかさず机を左に寄せた。
「山岸くん、見せてあげるよ」
山岸くんは一瞬驚いた顔をしてから無言で机を右に寄せてきた。私が資料集を二人の机の間に置いて広げると、「……ありがとう」ポソっとそう呟くのが聞こえた。
(やった! ありがとうって言ってもらえた!)
嬉しくなって、その勢いで話しかけてみることにした。勢い大事。
「ねえ山岸くん。時々、図書館からテニス部の練習見たりするんやけどね、山岸くん、テニス上手やね」
「別に……そんなことない」
授業中だから小さい声だけど、低く深みのあるバリトンボイスで返事が返ってきた。低い声だと思ってはいたけど、こうして近くで聞くと本当にイケボだ。めっちゃ好みの声! と思いつつ、話を繋ぐ。
「私、小学生の頃テニス習ってたんよ。だから山岸くんのバックハンド、すごく安定してて上手やなぁって思って」
「テニス、習ってたん? どんくらい?」
「六年間ずっと。中学上がった時に辞めちゃったんやけど」
「へえ、勿体ないな。背が高いからリーチもあるし向いてそうやのに」
「習い事の詰め込み過ぎでパンクしちゃってね。もうやだー! って全部辞めてしもた」
「え。そんなに習い事してたん?」
「うん。テニス、スイミング、バレエ、習字、空手、そんで塾。ひどくない?」
山岸くんは「それはむごい」と笑った。笑顔! 真顔だと怖い山岸くんは笑うと意外に可愛かった。
「こらー、そこの二人! 喋るな」
先生がこっちを向いて注意した。本気で怒ってる感じではないけど。
「和辻は委員長だろ? 気をつけろよー」
「はーい」
首をすくめて山岸くんを見ると、背筋を伸ばして前に向き直っていたが、目だけこちらに向けて「すまん」と声を出さずに言った。
(なんだ、やっぱり普通にいい人だ)
私はみんなが知らない宝物を見つけたような気分になって、ニヤケながら授業を聞いていた。
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