2 初めてのお喋りはイケボと共に

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 それから、私は山岸くんを観察するようになった。女子とは話さないけど男子、特にテニス部の坂口くんとはよく話している。数学の授業はちゃんと聞いてるけれど国語の時はあくびばっかり。授業が終わると真っ先に教室を出て部活に急ぐ。 (いい人っぽいんだけどなあ。チャンスがあれば話してみたいな)  そう思っていたら、案外すぐにその機会はやって来た。 「どうした? 山岸。資料集忘れたのか?」  ある日の地理の授業で、彼は資料集を忘れてしまったのだ。 「忘れたのなら隣の奴に見せてもらえ」  それを聞いた私はすかさず机を左に寄せた。 「山岸くん、見せてあげるよ」  山岸くんは一瞬驚いた顔をしてから無言で机を右に寄せてきた。私が資料集を二人の机の間に置いて広げると、「……ありがとう」ポソっとそう呟くのが聞こえた。 (やった! ありがとうって言ってもらえた!)  嬉しくなって、その勢いで話しかけてみることにした。勢い大事。 「ねえ山岸くん。時々、図書館からテニス部の練習見たりするんやけどね、山岸くん、テニス上手やね」 「別に……そんなことない」  授業中だから小さい声だけど、低く深みのあるバリトンボイスで返事が返ってきた。低い声だと思ってはいたけど、こうして近くで聞くと本当にイケボだ。めっちゃ好みの声! と思いつつ、話を繋ぐ。 「私、小学生の頃テニス習ってたんよ。だから山岸くんのバックハンド、すごく安定してて上手やなぁって思って」 「テニス、習ってたん? どんくらい?」 「六年間ずっと。中学上がった時に辞めちゃったんやけど」 「へえ、勿体ないな。背が高いからリーチもあるし向いてそうやのに」 「習い事の詰め込み過ぎでパンクしちゃってね。もうやだー! って全部辞めてしもた」 「え。そんなに習い事してたん?」 「うん。テニス、スイミング、バレエ、習字、空手、そんで塾。ひどくない?」 山岸くんは「それはむごい」と笑った。笑顔! 真顔だと怖い山岸くんは笑うと意外に可愛かった。 「こらー、そこの二人! 喋るな」  先生がこっちを向いて注意した。本気で怒ってる感じではないけど。 「和辻は委員長だろ? 気をつけろよー」 「はーい」  首をすくめて山岸くんを見ると、背筋を伸ばして前に向き直っていたが、目だけこちらに向けて「すまん」と声を出さずに言った。 (なんだ、やっぱり普通にいい人だ)  私はみんなが知らない宝物を見つけたような気分になって、ニヤケながら授業を聞いていた。
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