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29初めてのデート
思った通り、噂はすぐに下火になった。
この半年の間に培った奏多の信頼は作り話なんかじゃ揺らがなかったということ。それに、みんなが協力して否定してくれたおかげで、むしろ須藤さんのほうが周りから距離を置かれる状況になったようだ。
私と奏多の仲もとっても順調だ。
火曜と金曜はテニス部の練習を眺めながら図書館で勉強し、終わるころに校門の手前にある大きな木の下で奏多を待っていると後ろから声を掛けられる。
「ごめ~ん。待ったぁ?」
「ううん、今来たところよ」
そこまで言って、我慢できずに吹き出してしまった。だって、声を掛けてきたのが坂口くんだってわかってるから。
「まったく、どこまでもついて来るな、お前は」
「だいじょぶ~、ちゃんとここでお別れですよ~」
坂口くんはおどけた顔をすると自転車にさっとまたがり、「じゃあね~」と言って帰っていった。
「……じゃあ、帰ろっか」
「うん」
奏多は自転車を押しながら、私はその隣を並んでゆっくり歩く。もう夕方で暗くなりかけてるのをいいことに、私たちは手を繋いでいる。
「片手で自転車押すの、しんどくない?」
「しんどい」
「じゃ、じゃあ離そうか」
「でも手を繋いでるほうがいい」
奏多が私にクールな笑みを見せる。そんな顔見せられたら、何も反論なんてできない。
路面電車が目の前をゆっくりカーブしていく。ガタンゴトン、昔から変わらない古い車両の音。
「俺と帰らない日はこの電車に乗ってるんよな」
「そう。10分くらい乗ったら中央駅に着くから、そこから郊外電車に乗り換えてるんよ。自転車通学は危ないって親が止めたんだよね」
「もしかして有紗ってお嬢様?」
「え? なんでなんで」
「いや、習い事もいっぱいしてたって言ってたし、雰囲気もおっとりしてるし」
「いや、全然そんなことないよ! 普通の家やし」
「中学には有紗みたいなタイプの子がいなかったから、なんか新鮮」
「そ、ソウデスカ……」
褒められてるのかどうかわからないけれど、前に話したことを覚えてくれてる。それがすごく嬉しい。
私たちは20分かけて中央駅まで歩いて行き、改札で見送ってもらって別れる。この時間がたまらなく好き。
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