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31凛々花と須藤
この運動公園は山の中にある。だから、バスが通る道は一本しかないし、人は滅多に通らない。公園に来る人・帰る人が車で通るくらいだ。
振り向くと、凛々花さんと須藤さんが立っていた。それと見知らぬ男が二人。一人はワンボックスカーの運転席に座り、もう一人は凛々花さんの後ろにいる。
「はい……なにか用事でも?」
凛々花さんは私と違って小さくて華奢で、それでいて意志の強い目には怒りの強さが表れていた。思わず綺麗だと見惚れてしまうほどに。
「あのさ。あんた、奏多と別れてよ」
「嫌です」
顔に似合わず乱暴な口調に驚きながらも間髪入れず断った私に、凛々花さんは舌打ちをした。
「あんた目障りなんよ。奏多のことはずっと前から私が好きやったんやから」
(何なの、いきなり。そんなこと言われてはいわかりました、なんて言うはずないじゃない)
「だってあなた、奏多のことみんなに無視させたりしてたんだよね。本当に奏多のこと好きなん? 好きならそんなことするわけない」
彼女は一瞬だけ、何で知ってるの? という顔をしていた。そして私が奏多から聞いたことに気づいたんだろう。
「それはあいつが素直じゃないから! あいつだって私のこと好きなはずやのに」
「あなた、中学時代の奏多を傷つけたんだよ? 自分を傷つけた相手を好きになる人なんておらんよ」
「うるさい! いいわ、もう、タツロー。この女ちょっと痛い思いさせてやる。連れてって」
「車に乗せればええんか? わかった」
「ちょっと……何する気?」
凛々花さんが後部座席のスライドドアを開け、タツローと呼ばれた男はニヤニヤしながら私に向かってきた。
「悪いけど、凛々花がそう言ってるからさぁ」
(この人たち、私を車に押し込む気だ)
「ちょっとやめなよ、凛々花」
「黙ってて亜香里。あんたが役立たずだからこんなことになってんだから」
タツローが私の腕に手を伸ばしてくる。
私は息を素早く吸ってお腹に力を入れると、片手を相手の肘に掛け、押さえこむようにしてバランスを崩させた。そしてもう片方の手を首の後ろに回し、そのまま捻り落として頭を下げさせ、みぞおちに膝蹴りを思いっきり入れてやった。
「ぐほっ」
「タツロー!」
咳き込むタツローを見て運転席の男が車から出てきた。
「てめぇ、俺の弟に何しやがる」
こっちの男は身体が大きい。まずい、どうしよう。そう思った時、後ろから須藤さんに手を取られた。
(しまった……!)
しかし須藤さんは「走って!」と言い、私を引っ張って前方に走り出した。
「バスが後ろから来てる! あれに乗って逃げよう!」
振り向くと、私が乗る予定だったバス。バス停はあと少しだ。
「待てこのやろう!」
男が追って来ようとしたけれど、バスが到着するのを見て諦めたようだ。目撃されたら通報されてしまうのだから。
プシュー、とバスのドアが開く。私は須藤さんと一緒にバスの中に乗り込んだ。
「良かった……」
須藤さんが涙を流しながら震えている。バスの後ろから外を見ると、凛々花さんが恐ろしい顔でこちらを睨んでいた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、和辻さん……こんなことまで、やると思ってなかった」
「須藤さん、ちょっと落ち着いて。あなたが泣いてたら何もわからんよ。泣きたいくらい怖かったのは私のほうなんだよ」
しゃくり上げながらも何とか泣くのをやめた須藤さんは、もう一度頭を下げた。
「ごめんなさい。これまでのこと、全部話す」
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