『二人きりのロンドン』

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真っ白い霧の中に僕は立っていた。辺りを見渡してみても、一面を真っ白いカーテンに覆われているみたいでなにも見えない。息を吸い込むと、冷たい冬の霧が肺の中まで湿らせてくるようで少し気持ち悪くなる。遠くの方で鐘の鳴る音が聞こえてくる。1つ、2つ、3つ。 鼻頭と両頬に霧の水蒸気がまとわりついていて、思わず袖で拭ってみる。薄茶色のジャケットの袖が濡れて、薄手のシャツにまで染みて素肌にひっつく。霧は時が経つごとにどんどん濃くなってくるようだ。すごく不快だけど文句を言っても仕方がない。この朝靄の中にいるのは、僕達二人だけなんだから。 「ねえマーガレット、そこにいるのかい」 濃くなっていく霧に向かって問い掛けてみる。真っ白い霧は何事もなかったように漂っている。 「ねえマーガレット、返事をしてくれよ」 濡れて滑りやすくなっている石畳みの上を、使い古しの革靴で慎重に進む。油断するとすぐにひっくり返ってしまいそうだ。そんなことになれば、あとで彼女になにを言われるのかだいたい想像がつく。僕は少し前屈みになって転ばないように辺りを探る。 再び鐘の音が聞こえてくる。1つ、2つ、3つ。ずっと昔からそうすることが決まっているかのように、規則正しいリズムで鐘が鳴る。わずかな余韻を残して鐘の音が霧の中に吸い込まれると、辺りはまた静まり返る。なんだか不安な気持ちになって拳をギュッと握ってみる。僕の手のひらはグッショリと濡れていた。
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