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「誰?」
そう言ってわたしを睨む楽くんの目付きは、肖像画のベートーヴェンに負けないくらいにするどい。
ちょっとひるみそうになったけど、ここで引くわけにはいかない。
わたしはピアノの前に立っている楽くんの前までつかつか進むと、にこっと明るく笑いかけた。
「わたし、六年一組の春岡結衣。話すのは初めてなんだけど、今日は楽くんにお願いしたいことがあってきたんだ」
わたしがそう言うと、楽くんは無言で顔をしかめた。
なんだ、こいつって、怪しんでるみたいな楽くんの顔。それに負けないように、わたしも唇の端をぎゅっとあげて、さらににっこり笑顔を作る。
「いっしょに音楽祭のフリーステージにエントリーしない? わたし、楽くんとピアノデュオしてみたいんだ」
右手に持っていた用紙を差し出すと、楽くんの視線がわたしの顔から手元の用紙に移動して、それからまたわたしの顔に戻ってきた。
「絶対いや」
楽くんが冷たい声でそう言って、わたしをにらむ。
わたしを拒絶するようなその目付きは、まるで、音楽室の壁にかかった肖像画のベートーヴェンみたいだった。
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