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シリウス:王様、村の人からご飯を分けてもらったよ。一日お疲れさま。
クルル:にゃ~! もう腹ペコで死にそうだったにゃー! 早速頂くにゃ~! (食べる)にゃ~! 温かくて身に染みるにゃ~……。これ、昼間オマエが村の人と作ってたスープかにゃ?
シリウス:そうだよ。猫舌の王様のためにちゃんと冷ましといたよ。パンもほら、王様が食べやすいようにスープにふやかしたから。
クルル:(スープにがっつきながら)昼間麦刈りを手伝っているときに、焼いたパンの香ばしいにおいが食欲をそそってきて、大変だったにゃ。
シリウス:あれだけ広い麦畑の収穫を今日中に終わらせてくれたって村の人がすごく喜んでたよ。やり方もとても丁寧だったって。あと魔物も追い払ったんだってね。
クルル:にゃー! あの小物如きが、ボクのご馳走を狙うなんて100年早いにゃ!
シリウス:スープのおかわりも貰ってきてあるからね
クルル:おかわり!
シリウス:スープは逃げないから、よく噛んで食べてね。牛のチーズもあるよ。
クルル:早くそれを寄越すにゃー!
シリウス:王様は記憶を無くした黒い仔猫である。僕はとある事情で王様の供となり、王様の記憶と探し人を見つけるための旅をしている。王様が覚えているのは、何かの王様である事と、誰かを探していたこと。自分の名前すら忘れてしまった王様にせがまれて、クルルという名前を付けたのは新しい思い出だ。僕たちはいま、聖アンブロシア王国の西部に位置する黄金の麦畑が広がる村を訪れていた。黒猫を忌み嫌う文化が根付いたこの国で、珍しく黒猫を神聖視する村であった。村では秋の収穫祭が行われおり、僕たちは収穫と祭りの手伝いをして、それぞれ合流したところであった。
シリウス:それで……王様は何か思い出したことはあった?
クルル:ん~にゃ。特にないにゃ。オマエの方はどうだったかにゃ。なにかめぼしい情報はあったかにゃ?
シリウス:王様みたいな黒猫を探している人がいる、っていうのは聞かなかったかな。あとはもう、おとぎ話ばかりで……
クルル:おとぎ話?
シリウス:そう。王様によく似た黒猫のお話なんだけど……聞く?
クルル:知りたいにゃ
シリウス:えっと、たしか……その昔、ひとりの魔女がこの村を訪れた。魔女は一匹の大きな黒猫を連れていた。その黒猫は人の言葉を理解し、話すことができる賢い猫だった。魔女は一晩宿を借りる代わりに、なにか村のためにできることはないか問いかけた。すると、どうやら村の近くに魔物が巣をつくったようで麦畑を荒らされて困っているという話を聞く。魔女と黒猫は魔物を退治して村の平和を守ったという。――王様が黒猫なのに村の人から歓迎されたのは、この伝承のおかげだね
クルル:にゃ! 村にもボクに似た黒猫がいっぱいいたにゃ!
シリウス:そうだね。ボクも黒猫に囲まれたのは初めてだったなぁ
クルル:おとぎ話の猫もかっこいいにゃ! やっぱり黒猫は厄災なんかじゃないにゃ! 良いヤツもいるにゃ!
シリウス:この国で最も有名な「アンブロシアの厄災」のことだね。悪い魔女が自分の魂を黒猫に移して死んだ。悪い魔女の魂が移された猫を厄災と呼び、この国の王族から生まれる長男長女が英雄として厄災を絶つ。猫には九つの命があるから、猫である厄災を倒しても八度は生き返る。最後の厄災を絶った時、真の祝福が訪れるだろう……っていうやつ。
クルル:にゃ! それにゃ! そのせいでボクは黒猫というだけでずっとニンゲンにいじめられてきたにゃ! でも不思議にゃ。あんぶろしあの厄災も、この村のお話も、どっちも魔女と黒猫が出てくるにゃ。村と国の伝承が同じ人物の話だったら、ボクは悲しいにゃ。この村に伝わる二人はとっても良いヤツなのに、なんでそんな悪者になっちゃったにゃ、
シリウス:……伝承といえば、村の話には続きがあってね。魔女は村を救ったその晩、秋のうつくしい月に、村の豊穣と安寧を祈った。その時の伝承が今でも語り継がれていて、収穫祭の夜には月に祈りを捧げる風習が残っているんだって。
クルル:にゃ? 月が願い事を聞いてくれるのかにゃ?
シリウス:村の人たちは、来年の実りと安全をお祈りするんだって。僕たちもお祈りしてみる?
クルル:にゃ! するにゃ! ……ボクの記憶が戻りますように……、ボクが探している人が見つかりますように……、お腹いっぱいチーズを食べられますように
シリウス:王様は猫なのに、ほんとうにチーズが大好きだねぇ
クルル:にゃ! オマエは何を願ったにゃ?
シリウス:僕? 僕はね、王様の願い事が叶いますようにって
クルル:ボクの、願い事が、叶うように……
シリウス:王様?
クルル:……いたにゃ。オマエみたいなヤツいたにゃ。ボクの願い事が叶うように祈ってたヤツ、前に……
シリウス:思い出したの?
クルル:完全には思い出せないにゃぁ……でも、こんな感じのこと、前にもあったような気がするにゃあ。ボクと、もうひとりで、こうして焚火を囲んで、ボクがスープを食べるのを見守っていて、こうして空に願い事をして……
シリウス:……王様、もしかして、もしかしてだけど君って
クルル:にゃ?
シリウス:とある一つの考えが脳裏に浮かぶ。厄災と呼ばれる黒猫は、人間の言葉を理解し、話すことができた。ちょうど今、僕の目の前にいる猫のように。
クルル:そんなに見つめてどうしたにゃ? ……あーっ! わかったにゃ! さてはオマエ、ボクの愛くるしい顔に見とれているにゃ?
シリウス:……うん、そうだよ。王様はこの世で最も愛くるしい猫だなぁ~
クルル:よしよし、十分に堪能するがいい!
シリウス:これは、僕たちの旅のお話。記憶を無くした一匹の猫が、この国を揺るがす大事件につながるとは、僕はまだ知る由もなかった。
『アンブロシアの厄災 小噺・星月夜の下で』
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