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第一話
音を立てて機車のドアが締まった。ゆっくりと魔駆動の車輪を動かし、走り出していく。やがて、ここで下りた幾人かの乗客を残して走り去っていく。
駅のホームにはまばらな人影が荷物を重そうに持って駅舎へと向かっていくところだった。
ここはウエストエンド駅。
この国の西の果て。いわばど田舎の駅だった。
駅の周りは見渡す限りに田園風景で、小さな丘がポツポツと並ぶ。
まるで絵本の中のようなのどかな景色だった。
「ふぅ」
ゴツンと、大きな旅行鞄が地面に下りる音。その持ち主はどうやら地図を片手に周囲を見回していた。
この駅を出てどこがが目的地か確認しているのだろう。
何せ周囲を見渡せば全て同じような景色だ。目印らしい目印もないし、道も心ばかりのものしかない。
なにもなさ過ぎて地図がないと困る始末だった。
「ミンスターはと.....」
それは女性だった。冴えたブロンドの長髪のまだ年若い女性。
服装蛙旅人然とした動きやすさ重視のものであり、腰には刀剣が下げられている。
「どう見るんだろこれ」
女性は地図を上下左右にくるくる回し、景色と視線を行ったり来たりさせていた。
「おい、オレにもちゃんと地図見せろ。お前一人じゃ気付いたら首都に戻ってるなんてことになりかねん」
「いや、今回は大丈夫だよ」
「大丈夫な訳ねぇだろ。どうしてそんな自信満々になれるんだお前は」
女性の声ともうひとつ響く男性の声。少年のような若い声だった。しかし、奇妙なのはその声の主はどこにも見当たらないということだった。
ホームにはもう女性だけだ。
他の下りた乗客はとっくに駅舎から各々の目的地に向かっている。
どこからともなく声が響いていた。
「大丈夫だけどな」
「良いから見せろ」
女性はしぶしぶといった調子で地図を裏返す。そして、裏返したままで止まった。周りにはやはり誰もいない。女性はただ地面に地図の表側を向けているだけだ。
「ふぅむ、どうやら東に向かう道を行けば良いみたいだな」
「でも、街は南じゃないの」
「いや、丘のせいで道がぐねってんだ。南の道を行ったらぐるぐる回ってここに戻ってくる。やっぱり確認しといて良かった」
声は適切に地図を読み解き女性に伝えた。
女性は若干不機嫌になりながら地図を折りたたみジャケットのポケットにしまう。
と、
「すみません、アリシア様で間違いございませんか?」
女性を呼び止める声があった。そこに立っていたのはいかにも貴族の使用人といった感じの初老の男性だった。
「はい、私ですが。ひょっとしてエールズさんのところの?」
「はい、シェハードと申します」
「それはどうもよろしくお願いします。この旅は良い報酬のお仕事をいただき....」
「おい、余計なことしゃべるな」
ぴしゃりと言い放った声にやはりシェハードと名乗った男性も面食らっていた。きょろきょろと周囲を見回す。
「ああ、気にしないでください。ひょっとしてお屋敷まで送って頂けるのですか?」
「え? ああ、はいそのような手はずとなっております。表にオートモービルを停めてありますので」
「モービルかぁ。ありがとうございます」
女性は長い距離を歩かずに済んだことに安堵していた。
シェハードはにっこりと微笑む。
「では、このたびは遠くからご足労ありがとうございます。よろしくお願いします。特級騎従士、アリシア・ルフェーブル様」
シェハードは言った。
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