第三話

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第三話

 応接室には女性の使用人が一人控えており、アリシアがやけにふかふかのソファにかけるとお茶を注いだ。  オムニも向かえにかけ、二人の前にそれぞれカップが置かれる。  シェハードは主人の後に控えた。  遠慮するのもなんだし、そもそも喉が渇いていたアリシアはカップに口をつけた。どうも良い茶葉を使っているのだろう。アリシアでもなんとなく分かった。しかし、お茶の味はアリシアには良く分からない。とにかく喉が潤ったという結果のみがアリシアにとって意味のあることだった。  空になったカップにはすぐに次のお茶が注がれた。 「おや、喉が渇いていらしたんですかな?」 「はぁ。まぁ」  アリシアに言うオムニの視線はしかしチラチラとアリシアの後方や自分の周囲に向けられていた。  よほど先ほどの声を恐れているらしい。 「まぁ、とにもかくにも落ち着いてもらわねば話も始まりませんね」 「はい?」 「パック、出てきて良いよ」  アリシアが言う。  すると、アリシアの足下、照明に照らされ生まれていたアリシアの影からにょろりと何かが伸び上がったのだ。それは腕だった。数は2本。細く、蟲のもののようだったが5本の指があった。  そして、その手の元にはふたつの青い光が弱い蝋燭の火のように灯っていた。  さも、目のようだった。  オムニは目をしばたたかせていた。 「まず紹介します。こいつはパック。影の妖精で私と共にいくつも仕事をこなしてきた相棒です。さっきの声はこいつのものです」 「よう、おっさん。パックだ。オレもこいつとこの仕事をこなす。よろしく頼むぜ」 「な、なな」  オムニは口をパクパクさせていた。 「まぁ、驚かれるのも無理はありません。妖精と契約している人間はあまり居ませんからね。特にパックは見た目もアレですし」 「降霊術士や召喚士ならあるいは契約するのですかね。いや、ですが彼らも神霊や幻獣が主と聞きますが」  口を挟んだのはシェハードだった。 「まぁ、そうでしょうね。妖精と契約するのはあまりメリットがありませんから。かくいう私もこいつと契約しているメリットは神霊や幻獣ほどではありません」 「そもそも『楓剣のアリシア』がそういった術士という話も聞きませんし。あなたは剣の腕で名を上げたと」 「その通りです。私は純粋な剣士です。こいつと契約したのはある成り行きでして。まぁ、有り体に言うと事故のようなもので」 「まぁ、お互いに死にかけてたところで契約すれば助かるって状況があってな。それで仕方なくってところだ。そこまで込み入った話でもねえ」 「ははぁ」  シェハードは未だ飲み込めていないようだったが、納得はしたようだった。  妖精といえば色んなものから生まれ、様々なものに潜む人ならざるものだ。  どちらかといえば人間に害を成すものであり、どちらかといえば神霊より魔物よりのものだった。  そもそも弱い。そして、あまりに奔放だ。  人間には御しがたく、そして御してもそこまでメリットもない。  シェハードには珍妙な話にしか思えなかった。 「分かった。分かりました。その彼があなたの仲間だと言うことは。して、本当に我々に害はないんですな? 妖精といえば過ぎたいたずらで時には人も殺すもの」  そして、オムニにとってはアリシアがどういう経緯で妖精と契約したのかなどどうでも良い話らしかった。  問題は自分に実害があるかどうか。ただそれだけらしい」 「ないですね。私と契約している限り私の意思を越えた行動は出来ません。そもそもこいつは弱い。私の元から逃げだしても、その壁の猟銃で殺せるでしょう」 「そうか、そうですか。確かですね」 「ええ、確かです。叡主(ラシァ)に誓って」 「もし、その言葉が嘘だったなら。この仕事はなかったことにしますよ」 「はい、分かりました」  アリシアは応えた。オムニは疑り深い。しかし、パックを見れば誰でも不審に思い、恐怖を覚えるものだ。どうもオムニのそれは少々過激なように思えたが雇い主だ。黙って付き合うしかあるまい。 「......ふむ、では。アリシア様の相棒さんについても分かったところで改めて依頼の話に移りましょうか」 「そうですね。それを話したいです」  ようやく本題に入れるようだった。アリシアはオムニにバレないように小さく溜め息を吐いた。
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