第五話

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第五話

 オムニは葉巻を片手に持ったまま紅茶をすする。どんな味になっているのかアリシアには想像出来ない。 「城の話に入る前に。アリシア様、『楓剣』の異名を持つあなたは特級騎従士であらせられる」 「はい、一応。上の力関係やら駆け引きやらで着かされた身に余る階級ですが」 「ほほ、どこの業界も同じようなものですか。ですがそれでも腕は確かなのでしょう」 「まぁ、一応。これで身を立てていますから」  腕は確かだった。なにせ特級なのだから。  しかし、特級のアリシアですら稼ぎはたかが知れていた。  昔、騎従士という仕事は人々の純粋な支えとして作られた。国の軍隊でも警護隊でも守れないものを守る。助けられないものを助ける。そういった意思を持った人々が国境を越えて設立した大組織、それが騎従士だった。  犯罪者の捕縛、魔物の討伐、人々の護衛や失踪者の捜索、災害での救助活動、果ては野良猫の保護まで。  およそ庶民のヒーローのような存在が騎従士だった。  しかし、それも一昔前までの話だった。  今や騎従士のギルドの上層部は各国の政府や教会、軍隊との癒着で汚職にまみれていた。どれほど現場で働く騎従士たちが志を高く持っても最早手が付けられないほど腐り果てていた。  依頼をこなして稼いだ金の大部分はギルドにむしり取られる。  実際に騎従士に下りてくるのはわずかな金額だった。  世の中の荒事で身を立てようとするものたちはとっくに騎従士という職業に見切りを付けていた。  今や個人で用心棒を請け負ったり魔物狩りをやったりする人間の方が多いのだ。  騎従士を続けている人間は最早誰もこの仕事に夢を見てはいない。  『正義の味方』などというのは過去の話だった。  この仕事もかなりの額を貰えることになっていたがアリシアの元に入る金額はそのうちの何割になることか。 「どのような経緯であれ特級の肩書きが真実ならば良いのです。あなたはこの国の騎従士で五指に入る実力者という話が真実であるならば。私が欲しているのは純粋な強さですから」  オムニはそんな騎従士の業界事情など知るよしもなく葉巻を吹かす。 「悪霊というのはそんなに危険なのですか」 「ええ、それはもう。私も何人か騎従士のようなプロを雇ったのですがね。結局力及ばず。逃げ帰ってきたものあり、帰ってこなかったものありです」 「それはそれは」  帰ってこなかったということは死人になったということだろう。  廃墟となった古城や、人の踏み入ったことのない森や洞窟などを開拓する場合フロンティアハンターと呼ばれる人たちが雇われることが多い。  そういった場所は大抵魔物の巣窟となっているためだ。  フロンティアハンターが先にそういった土地に入り、内部の調査及び脅威の排除を行うのだ。  オムニのような経営者ならばそういった人々にも顔が効くのだろう。  それが全員歯が立たなかったということか。 「一応前もって念書にサインをもらっていましたがね。命の保証は出来ないと。しかし、凄腕のプロがまさか本当に死ぬとはこちらも思っていなかったのです。遺族の方に補償もしましたが、何よりこちらの心が痛む。なのでしばらく誰一人あの城には入れていなかったのです」 「賢明な判断です」  アリシアはオムニの言葉に全然共感していなかった。オムニの言葉は経営者の言葉だった。感情と理屈を切り離して話す人間の言葉だった。そして切り離しすぎてとうとう元に戻れなくなった人間の言葉だった。  オムニは死んだハンターに同情なんかしていないのだろう。なんとなくアリシアにはそう感じられた。  しかし、そんなことをわざわざ言うアリシアではない。  こんな人間は何人も見てきた。特に特級になってからは扱う仕事の依頼人なんかこんなような人間ばかりだ。  だから、いつものように話を合わせるだけだった。 「それで、私が呼ばれたと」 「その通りです。あなたにあの黒騎士を討伐していただきたい」 「黒騎士。それが亡霊の正体なのですか」 「まさしく」  オムニはまた葉巻を吸いこむ。もう、先は大分燃えてきていた。後の使用人の手元には新しい葉巻の入ったケースが用意されていた。 「大昔城を守っていた騎士、それが亡霊の正体です」  オムニは忌々しげに言った。
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