第六話

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第六話

「この丘を越えれば見えますよ」  オートモービルはガタガタと舗装されていない道を走っていた。小高い丘の斜面だ。運転手はシェハード、乗っているのはアリシアのみ。  オムニの屋敷を出立して、一路古城を目指していた。 「ふむ」  アリシアはオムニから渡された古城内部の地図を見ていた。  特別複雑な作りをしているわけでもない。  任務で入ったことのあるいくつかの城の知識で探索は出来そうだった。  この中のどこかに居る『城の亡霊』の討伐がアリシアの今回の仕事というわけだ。 「アリシア様。亡霊は倒せそうですか?」 「話を聞く限りなんとも。戦ってみないことには分かりませんね」  アリシアは言った。実際それがアリシアの正直な、オムニの話を聞いた上での感想だった。 「黒騎士ということは甲冑姿だとかそういうことですか?」  場面は戻ってオムニの屋敷応接室。アリシアは討伐対象について聞いた。 「はい。身の丈2エルグ(現代の世界で言う2.3mほど)以上の巨体でして。全身を黒い甲冑で覆っています。そしてその身の丈以上のロングソードを得物としています」 「なるほど。亡霊ということは中身は霊体ということでしょうか」 「はい。戦った生き残ったものの証言では顔の甲冑を弾き飛ばしても中には何もなかったという話です。しかし、対霊魔法や祈祷術はあまり効果がないとも」 「上位のゴーストならそういった術に耐性がある場合も多いですね。出現するエリアは決まっているのですか?」 「ある程度は」  オムニが言うや使用人が二人の間のテーブルの上に地図を広げた。城の地図だ。そのいくつかの場所に色が付けられ、横に数字が振られていた。出現エリアと回数のようだ。 「ふむ。なにかパターンのようなものは......」  アリシアは地図を睨み黒騎士の出現傾向を考察する。どんな依頼主の仕事だろうが引き受けた以上こなすしかない。でなくては金が貰えない。今までの会話でのモヤモヤもこの時ばかりは忘れなくてはならない。  しかし、無理矢理にでも真剣になっているアリシアにオムニが言う。 「私どもは本当に困っています」  オムニはわしわしとその薄くなった髪をかいていた。 「大昔の城の騎士だかなんだか知らないが、今更になってなんだというんです。邪魔で仕方がない」  オムニは葉巻をみしみしと握りしめていた。 「城の城主も治めた国もとっくの昔に滅んでいる。にも関わらず空っぽの廃墟を護り続ける。浅ましいことこの上ない。私どものように文明を推し進めようとするものの邪魔をするなぞ愚の骨頂」  オムニは本当に苛立たしそうだった。 「怨念なのか執念なのか知りませんが、死んでまでそんな愚かな事を繰り返すものがあの黒騎士です。私は愚か者が嫌いです。私の邪魔をする愚か者はこの世で最も嫌いだ。アリシア様。どうか、あの邪魔者を一刻も早く排除していただきたい」  オムニは目を剥いてアリシアに迫った。鬼気迫るといった感じだ。どうやらオムニは本当にその黒騎士とやらに怒り心頭らしい。今までの上辺だけでも装っていた上品さもナリをひそめ、強欲な商人の顔になっていた。 「分かりました。それが今回の依頼ならば」  アリシアは勤めて落ちついて応えたのだった。  そうして、その後城の内部や黒騎士との戦いの準備を済ませ、アリシアは屋敷をたったのだった。 「屋敷ではオムニ様が失礼をいたしました」 「はあ。なにかありましたか」 「いえ、客人の前で激昂するなど屋敷の主人としてあるまじき振る舞いですから」 「ああ、そういうことですか。あの程度どうということもありませんよ。もっとひどい人間はたくさんいます」 「そ、そうですか。騎従士という仕事も大変なんですね」  シェハードは困惑する始末だった。依頼人は千差万別。善人もいれば悪人も居る。オムニが激昂した程度、アリシアからすればかわいい話だった。もっとひどい目にも何回もあっているのだから。 「あ、見えましたよ」  シェハードの言葉にアリシアは地図から目を離す。運転席の向こう側、街道の先には低い丘があった。そして、その真ん中に今にも崩れ落ちそうな朽ちた古城が建っていた。
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