第七話

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第七話

「立派な城ですね。主が健在だった時代にはさぞ栄えていたのでしょう」 「丘の下にも城下町が広がっていたそうです。元々この地域の都市といえばこちらだったようです」  アリシアはモービルを下り、そびえ立つ城塞を見あげた。  街道を真っ直ぐ走りたどり着いた古城。それは近くで見ればかなりの大きさだった。地方の領主が作った見せかけの城とは違う。  それなりの立場の人間が人と金と時間をかけて建築した、かなりの規模と造りの城だった。  周りをぐるりと堀が囲み、その向こうに城壁、そしてその中に城がそびえている。  大きな城門から見える奥には城勤めの騎士や使用人の控える宿舎だった建物が中庭を取り囲みんでいる。長い馬房も見えた。  そして、その奥に4本の尖塔と1本の主塔が立つ、城の主が住まったであろう城の本館があった。  アリシアが今まで見た城の中でもかなりの大きさだ。王都の城を覗けば最大規模だろう。  しかし、その繁栄の痕跡も今は昔の話だった。  ここにあるものは壮大で、絢爛だがどこまでいっても廃城だ。  壁は剥がれ、城壁には亀裂が入り、塔の1本は崩れ落ちていた。  当然人気など欠片もない。  やけに晴れ渡った青空が余計にこの廃墟の寂しさを強調しているように思えた。  アリシアは堀に目を向ける。 「まだ水があるんですね」 「ええ、大昔の取水機構がまだ生きているようで。それがまた旦那様がこの城にこだわる理由なのですが」  なるほど、丘の上まで水が引かれているならなおさら工場にとっては好条件だろう。恐らく大昔の魔法のシステムがまだ動いているのだ。  先の話ではこの近辺に魔駆動部品の原料の鉱物が採れる鉱脈もあるという。  何から何までお膳立てされたように工場にふさわしい土地らしかった。  オムニがあそこまで熱を上げるのもうなずけるというものだ。 「では、ここからは私一人で行きますので」 「本当によろしいのですか? アリシア様には及びませんが何人か人を雇うことも出来ましたが」 「いえ、恐らく亡霊とは苛烈な戦いになります。一人の方が戦いやすい」  そもそも、基本的にあらゆる依頼をパックと自分のみでこなしてきたアリシアにとって他人との共闘は苦手とするところだった。  相手が強いならなおさらだ。普段のやり方の方が良い動きが出来るだろう。 「では、こちらを」  シェハードはモービルのトランクから鞘に納まった一振りの剣を取り出す。反りの入った剣。鞘にも柄にも鍔にも鮮やかな装飾が施されている。この国の剣ではない。極東の国のカタナと呼ばれる剣だった。  アリシアはそれを受け取ると腰に下げた。 「どれだけかかるか分かりません。勝負がつけば出てきますが今日一日で終わるとも限らない。その場合は日が暮れたら出直すつもりです」  今が昼を過ぎたところだ。日暮れまではまだ4時間はある。 「では、こちらでお待ちしますので」 「はぁ、一度屋敷に戻ってもらっても構いませんが」 「いえいえ、とんでもない。依頼主の僕としてあなたの戦いを見届ける義務がございます」 「そういうものですかね」  律儀な男だとアリシアは思った。オムニとは正反対だ。 「あの主にそういう性格のあんたか。気苦労が絶えなさそうだな」  と、ここまで人間の会話を邪魔すまいとだんまりを決め込んでいたパックが突如口を開いた。 「それなりに」  シェハードは困ったような笑みを浮かべていた。それだけでその境遇の一旦がうかがい知れるというものだった。  俗物の塊のようなオムニにシェハードのような生真面目な男が従うのには色々軋轢も多いだろう。  アリシアも自分の立場は大概だと思うが何もそこまで特別でもないと思うのだった。  どこもかしこもだ。 「では、行ってきます」  アリシアの言葉にシェハードは静かに頭を下げた。  アリシアは朽ちた跳ね橋を渡り城壁の内側へと入っていった。
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