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プロローグ
俺には唯一無二の存在がいる。
彼と俺は赤ん坊の頃から一緒にいて、それはこれから先も死ぬまで変わらない。
そのためなら俺はなんだってやる。
たとえそれが、彼を傷つけることだとしても······
『おい、クソ和哉。聞こえてるだろ』
車の後部座席に座るっている時、耳につけたイヤホンから綾人─三好綾人の声が聞こえた。
明け方まで抱いたせいか綾人の声は少し掠れている。
それに起きたばかりだからか、どこか気だるげで不機嫌そう。
だが俺は綾人の声が聞けて笑みがこぼれる。
『おやつに三色団子といちご大福が食いたい。帰りに買ってこい。昨日散々ヤッたんだから、文句は言わせねーぞ』
文句なんて言わないよ。
綾人のお願いならできるだけ叶えるし、そもそもおやつくらいいくらでも買ってあげる。
盗聴器とカメラが部屋にいくつか仕掛けられていると知っている綾人は、時々こうしてなにかを頼む。
不満があるとすれば、盗聴器で聞こえるだけなので綾人に返事ができないことくらい。
綾人、寂しがっていないといいけど。
そう思いながら俺がノートパソコンのキーを打っていると······
『あとさ、久しぶりに桜が見たい。見せろ』
「······」
俺の指がその言葉で止まった。
桜、か······
綾人は桜が好きだったもんね。
なのに、もう何年も見させてあげてない。
綾人のお願いはできるだけ叶えたい。
でも······
「······ごめんね」
聞こえないとわかっていても俺は謝ってしまった。
窓の外を見れば、今年も綺麗に開花したピンクの桜が目に入る。
『なぁ、和哉。来年も再来年もその先もさ、お前とこの桜のトンネルを歩けるといいな』
お互い進学する大学が違うとわかっている綾人が言った、ささやかな願い。
相変わらず欲がないなぁと思いながら俺は頷いた。
あと数回だけでもその願いを叶えてあげる······はずだった。
結局、去年も一昨年もその前もずっと、俺は綾人と桜を見ていない。
そしてそれは今年も変わらない。
いつもこの願いを聞く度に申し訳なさを感じる。
だけど、後悔はしていない。
罪悪感もあるが、もし過去に戻っても俺は同じ選択を選ぶ。
それ以外に俺と綾人が生きる未来がないから。
俺はスマホを取り出し、画面に映る綾人を眺めた。
「綾人、本当にごめんね······」
だけど、綾人が俺のために生きてる今が幸せなんだ。
この幸せは絶対に手放さない。
たとえそれを親が、環境が、運命が、世界が、すべての人間が許さなくても関係ない。
君は俺のものだから。
これから先ずっと、俺のためだけに生きるから。
そして俺も君のためだけに生きるよ。
「愛してる、心から······」
俺はベッドの上で目を閉じる綾人へ、聞こえない愛をささやいた。
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