第1章〜③〜

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第1章〜③〜

(いま、周りの時間が止まっていなかったか?)  そんなバカな——————と思いつつも、自分の手のひらにある楽器モドキの音が鳴った瞬間、明らかに、スマホは動きを止め、時計の秒針も止まっていた。もちろん、スマホの電波状況のエラーや壁掛け時計の電池切れなどの可能性もあるが、それが、寸分の狂いもなく同時に発生するのは、明らかにおかしい!  そう考えながら、手元の楽器モドキを観察してみると、四つ穴の裏面にある小窓の中の数字が『49』になっていた。 (あれ? この数字、最初は、間違いなく『50』だったよな?)  記憶を頼りに思い返しながら、手のひらにある木製細工をシゲシゲと見つめる。  そうして、その数字が表示された小窓の横にある切り替えスイッチのような細工部分が目に入ると、さっき、この部分を触って位置を動かした瞬間に、身体中に電撃が走ったような衝撃を受けたこと思い出す。 (アレが、何かのキッカケなのか!?)  そんな風に考えて、切り替えスイッチを元の位置に戻してみる。 カチン——————!!  今度は、最初に位置を切り替えた時よりも軽い音がして、さらに、身体に走る衝撃も感じなかった。  一度目の切り替えの時に感じたショックは気のせいだったのかと思い直して、もう一度、吹き口に軽く唇をあてて、ゆっくりと息を吹きかける。  ♪ピ~~~~~ と、心地よい音が鳴り、動画の演奏者ほどではないが、我ながらキレイな音色を出せるようになってきた、と感じる。  最初よりも、上手く音を奏でることができて気分が良くなったオレは、動画の運指の解説をもとに、高音のレから、ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レ・ド、と一音ずつ音を下げて鳴らしていく。  動画で紹介されている、口内で舌の形状を調整するタンギングという演奏法を習得するのは、まだ難しそうだったが、とりあえず、この楽器らしきモノの基本的な演奏方法は身につけられたと感じて、慣れない演奏でこわばっていた身体を伸ばすために、両手を組んで伸びをする。  すると、ストラップで首に掛けていた楽器モドキに指が掛かってしまい、その際に、さっき元に戻した切り替えスイッチに触れてしまった。 パチン——————!! と、再び静電気を受けたようなショックを感じて、思わず「アチッ!!」と声が出る。  しかし、衝撃を感じた小指の周辺には、目立った外傷はなかった。  そもそも、冬の季節でもなければ、金属製の物体に触れたわけでもないのに、静電気を感じる方が異常なわけだが……。  気を取り直して、このスイッチが切り替わった状態でも、同じ様な音が鳴るのか試してみようと、四つ穴のすべてを指でふさいで低音の『ド』の音を奏でる。  再び、ノイズが耳の奥で鳴り響いた。 ==========Time Out==========  音が鳴ると同時に、またもスマホの動画の再生が停止する。 「はぁ……また、パケ詰まりか……!?」  ため息をつきつつ、笛を吹くような動作を続けていたためか、喉の乾きを覚えたので、リビングで飲み物でも飲んで気分転換でもするか……。  また、部屋に戻って来る頃には、ネットワークのエラーも解消しているだろう——————。  そう、考えたオレは、二階にある自分の部屋を出て階段を降り、階下のリビングに向かう。  しかし、一階の短い廊下を通ってリビングのドアを開けると、見慣れた我が家の《お茶の間》は、日常とは異なる状態になっていた。  大型テレビに映されている野球中継は、録画番組の一時停止ボタンを押されたように、ピッチャーがボールを投げた瞬間で止まっている。  何よりも異様なのは、その中継を観ている父親も、野球には興味がなく、リビングと、ひと続きになっているキッチン・ダイニングのシンクで夕食の洗い物をしている母親も、テレビの中と同じ様に、動きを止めていることだ。 「二人とも、なに、やってんの!?」  ソファーに座る父に近づき、テレビ画面の前に立ち塞がるも、一向に反応しない。 (子供の頃は、父親に良くこういうイタズラをして怒られていた)  シンクの前に立つ母親に近づいて反応をうかがうも、同じく、一切応答がない。 (子供の頃は、洗い物をする母親の側に行って、うっとうしがられていた) 「なっ!? 一体、どうなってんだ!?」  思わず、声が漏れたにも関わらず、聞こえるはずの自分の声に全く反応しない両親を不気味に感じ、機械類はどうなっているのかと、テレビのリモコンで無造作にチャンネルを替えてみる。  チャンネルは、切り替わったものの、野球中継だけでなく、民放のバラエティ番組に、刑事ドラマ、公共放送の手話ニュースに至るまで、どれも、出演者は一時停止状態で、固まった映像のままだ。 (テレビが壊れた……!?)  そんな焦りにも似た感覚で、不意にリビングの壁掛け時計に目を向けると、何分か前の自室の時計と同じく、今度は、八時五分十五秒過ぎのところで、秒針が完全に止まっている! 「おいおい……! ホントにどうなってんだよ!?」  そう、つぶやいた後に、熱帯夜になること確実な蒸し暑い夜にも関わらず背中に冷たいモノを感じた。  自分以外の——————世界のすべてが、止まってしまった————————————。  それは、逆に自分だけが世界から取り残されてしまった様な奇妙な感覚でもあった。  非日常的な体験と、あまりにも非現実的な光景を目にして、額にも汗が噴き出てきたことを感じたことで、驚きと緊張から、喉は猛烈に水分を欲している。ようやく、自分がリビングに降りてきた理由を思い出して、キッチンに向かい、シンクの前を横切る。  そして、冷蔵庫から麦茶の入ったピッチャーを取り出し、コップに注いで一気に飲み干す。  喉の渇きを沈めたことで、少し冷静さを取り戻せたオレは、濡れた口もとを手の甲でぬぐい、何とかこの状況を受け止めようと、息をついた瞬間——————。 =========Time Out End=========
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