第1章〜④〜

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第1章〜④〜

「わっ!?」 と、隣で大きな声が聞こえ、突然のことに思わず、ビクッと身体が反応する。  とっさに声のした方に顔を向けると、母親もまた、心の底から驚いた、という表情でコチラを見ている。 「アンタ、いつの間に降りて来たの!?」  母親の声に驚いたのは、自分だけではなかったようで、ソファーに座る父親もキッチンの方に顔を向け、 「ん~、どうした? おっ、夏生いつからそこにいたんだ?」 と、声を掛けてきた。  その瞬間、テレビの野球中継では、バッターが大きな当たりを放ったようで、アナウンサーが 「ライトへ! ライトへ! 越えるか!? 越えるか!? 越えろ! 行った! 行った~~! 大山が打った! 勝ち越しスリーラン!!!!」 と、絶叫していた。  贔屓チームの主砲の待望の一打に、バチンと手を打った父は、妻と息子が互いに驚愕しあっている様子には、すぐに関心を失ったようで、 「ヨシッ! 良くやった!!」 と、一人でガッツポーズを作っている。  時間の進行を取り戻したに感激を覚えながらも、母親からの不審感オーラを感じ取ったオレは、 「いや、二人ともテレビとか洗い物に集中してたみたいだから、コッソリ来てみようかな、と……」 などと、言い訳にもならない理由を述べて、一刻も早くリビングを立ち去ることにする。  そそくさと、父親の座るソファーの背後をすり抜けて、部屋から廊下に出ようとすると、 「宿題が無いなら、早くお風呂に入って寝なさいよ!」 背中越しに、母親が声を掛けてきた。 「わかったよ」 と、だけ返事を返し、急いで自分の部屋に戻るべくドアを後ろ手に閉める。 「音もなく入ってきたと思ったら、出て行く時は慌ただしいヤツだな」  誰に言うでもなく口に出した父親の言葉が、かろうじて聞こえていたが、気にしている余裕はない。  駆け上がるように階段を昇ったのは、一刻も早く自室に置いている、あの楽器モドキを確認したかったからだ。  額の汗をぬぐいつつ、冷房を効かしていた部屋に快適さを感じながら、例の《アイテム》の裏側に配置されている小窓の部分を確認すると、『48』と、数字が変化していた。 「やっぱり、そうか——————!!」  最初に切り替えスイッチをON(仮称)の状態にしたあとに、この楽器モドキを鳴らした時に感じた、自分の周りの時間が止まったという感覚は、気のせいでは無かったようだ。  切り替えスイッチON(仮称)のまま、息を吹き込んでこの木製細工を使用すると、  ①一定の間、自分の周囲の時間が止まる。  ②小窓に表示されているカウンターの残数が、一つ減る。  二度の時間停止の経験で判明したことは、この二つのことだ。  問題は、停止する時間の長さが、一度目と二度目では、明らかに異なっていた、ということだ。  事前に停止する時間の長さを把握できていれば、その時間内に実行することをあらかじめ計画することもできるが、いつ時間停止が終了するかわからないようでは、気軽に、この《機能》を使うことなどできない。  さっきのリビングでの出来事のように、時間停止中に気を抜いていて、急に停止時間が終了したりすると、自分も周囲の人間も戸惑うことになるだろうし、何より、時間停止中の自分の行為が、周りに発覚してしまうのは……。  いや、言うまでもなく、根っからの小心者の自分には、この《機能》を犯罪など、法律に反することに利用するつもりは、だんじて無い! 第一、そんなことは、この木製細工を孫である自分に託してくれた祖父さんも望んでいないだろう。  しかし——————。    ちょっとしたイタズラなど、軽い気持ちで、この時間停止機能を使用した際に、その行為の途中で、停止時間が終了してしまった場合のリスクは、最重要課題として考えておくべきだろう。それに、つい先ほどの母親と交わした噛み合っていない会話の気まずさと自分自身で必死に考えた言い訳の拙さを思い出すと、恥ずかしさに赤面し、頭を抱えたくなってしまう。  また他に理由をあげると、この《機能》は、絶対に他人に知られてはいけないだろう——————ということだ。  自分のような小心者で大したアイデアも浮かばない人間ならともかくとして、数分間(リビングでの停止時間は、もっと長く感じたが)と言えど、周囲の時間を停止するチカラを手にした人間が知能に長けた人物であれば、自分の利益のために、どんな使い方をするか想像もつかない(使い方によっては、誰にも気付かれることなく窃盗や殺人などの犯罪行為を行うことは十分に可能だ)。  そして、オレが停止される時間の長さを気にする最大の理由は、永遠に周囲の時間が止まってしまうことはないのか——————という不安から来るものだった。  意図して発生した現象でなかったとはいっても、周りのすべての時間が停止している間にオレが感じたのは、自由に動き回れるハズの自分だけが、反対に周囲から置いてけぼりにされてしまったのではないか、という絶望的な《不安》と《孤独》だった。  あの時は、その不安から逃れ、気持ちを落ち着かせるため、水分補給をすることで何とか気を紛らわせたが、 「もし、あの時間が永遠に続いてしまっていたら——————」 そのことを想像すると、その現象から数分以上が経過した今でも、心臓がバクバクと脈打つほどの恐怖に似た感情を覚える。 それでも——————。 祖父さんが形見のように授けてくれた、ということもあって、 「この木製細工の有効な使い方を知りたい!」 という欲求が、心の底からムクムクと湧いてくることも、また間違いではなかった。  今日は、もう一度だけコイツの使い方を探ってみよう、と決意したオレは、小学校の入学時から使っている学習机の引き出しを開けて、ストップウォッチを取り出す。  スマホの動画やアナログ時計は動きを止めてしまったが、テレビのリモコンでチャンネルを変更できたということは、停止時間中でも、機械類の使用は可能なのかも知れない。  早速、ストップウォッチを右手に持ち、左手では木製細工をつまむようにして持ち、口もとに運んで、上部にある四つ穴は抑えないまま、息を吹きかけた。
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