第5話

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第5話

 残り数時間でコウがワープに耐え得るまで回復するのは、当然ながら無理だった。  夜が明けるなり恥ずかしがるコウを結城は強引にホテル専属の医師に診せ、点滴までさせてルームサーヴィスの食事を口元まで運び……と、甲斐甲斐しく世話をした。  傷に関してはお互い様だが、原因の八割は途中で理性を失くした自分で、これも当然といえば当然である。 「本当にすまん」 「もういいですってば。その、誘ったのは僕ですし」  十何回目かの同じやりとりをしながら、立ち歩くこともできないコウは結城に躰を拭かれていた。熱い湯で絞ったタオルで結城は丁寧に細い躰を拭ってゆく。そうしながら右肩の傷痕を観察した。  前後にある傷は間違いなく貫通銃創、シリルなどとは桁違いの威力のある銃弾で貫かれたのだ。治ってはいたが、ピンク色の皮膚はそう古いものではない。  眺めているうちに手が止まっていて、その手をコウは見ていた。 「撃たれて再生液にも浸からなかったのか?」 「ええ、まあ。三日も浸かればいいとは言われたんですが……所属長に我が儘を言って、手術だけして二週間入院しました。痕を残しておきたくて」 「こんなに綺麗な躰をして、勿体ないな。……訊いてもいいか?」 「構いません。まだ捜一に帳場が立っている案件で詳しいことは言えませんが、ホシの持っていたのがアマリエットM720なんて本格的な狙撃銃で、僕と相棒は七百メートル以上離れた場所から狙われたんです――」  先に勘づいたのはバディだった。腕の悪いスナイパーの外した弾丸が躰を掠めた衝撃波で気づいたのだ。不意に突き飛ばされ、コウはバディの目にただごとでない事態を察したが時は既に遅かった。  バディは頭から血をしぶかせて倒れ、コウ自身も右肩を撃たれていた。 「――犯行予告に犯行声明まで出されて、惑星警察も立つ瀬がないんですが」 「だがマル害のコウは捜一の帳場要員から外された、と」 「はい。機捜で狙撃ポイントは特定、アマリエットのハードケースと空薬莢だけが遺留品で……退院してから課長と掛け合ったんですが、やっぱり帳場には組み込んで貰えませんでした」  そこまできてホシを追えないのは、さぞかし悔しいだろうと結城は思う。 「で、何故、傷痕を残してるんだ?」 「僕はホシの放った初弾に気付けなかった……あとで見たら肩だけでなく、僕のスーツのジャケットの裾にも穴が開いていました。間抜けですよね。アマリエットは338ラプアマグナムを薬室(チャンバ)一発マガジン七発の計八発。ホシが撃ったのは空薬莢の数からも四発でした」  「それは……バディはどうなった?」  冷え始めたタオルを手にした結城は、出会って二度目のコウの笑みを目にする。 「再生液の中で眠っています。脳に補助的メカを入れても一生覚めない眠りです」  刑事としてこんな話には事欠かない人生を結城も送ってきた。職務上ではないにしろ自分もバディを失ったばかりなのだ。だがここにきて初めて見たコウの『作っていない』微笑みには胸を衝かれる思いがした。  小柄でなよやかな見た目のせいか、意味もなく結城はコウを庇護対象に分類していたが、そうではないことをすみれ色の瞳に見たからだ。  一生自分を縛って背負ってゆく決意をその身に刻んでまで――。 「そうか……なるほど」 「……結城さん?」  言葉にならない感情が結城の中で湧き起こり、もう一人の人生をも背負ってゆく気の同輩を思わず抱き締めていた。不思議そうなコウの声が躰を通して伝わったが、次にはそっと結城の背に手が回された。そのまま物音ひとつしない部屋で数分が経つ。  今の方が昨夜の激しい行為より、互いに解り合えた気がしたのは結城の気のせいだろうか……と、コウが結城の胸を片手で突いた。照れたのかコウはそのまま毛布に潜ってしまう。 「ああ、すまん。寝ていなければ治るものも治らんな」  特に意味もなく謝りながら、なだらかな毛布の膨らみを前に立ち尽くした。膨らみはいかにも小さく、こんな身で重石を背負いこれからも出遭うであろう痛みや哀しみに果たして耐えていけるのだろうかと思う。そんなものなど自分が全て蹴り壊してやりたかった。  だが未だ喪中でもあり、出会って僅か一日しか経たない相手を前に、思いも寄らず急激に育ってしまった感情を、この時の結城は単なる同情だと思い込んでいた。 ◇◇◇◇  医師からワープ可のお墨付きをコウが貰ったのは二日後だった。  結城とコウは一緒にチェックアウトをして宙港メインビル側に移った。  メインビル二階のロビーフロアで、中空に浮いて流れるインフォメーションのホロティッカー表示を二人は見上げる。コウのリマライ星系便を見つけたのは結城、結城のドラール星系便を見つけたのはコウだった。  それぞれ自販機でチケットを買い、シートをリザーブする。 「結城さんは十二時ジャスト発ですね」 「コウ、あんたは十二時半か」 「現在時、十一時二十分。もう通関クリアした方がいいんじゃないですか?」 「ああ、いや、一本だけ吸わせてくれ」 「別に僕の許可をとらなくてもいいですよ」  つれだって喫煙ルームに入ると結城は焦った風でもなく悠々と煙草を咥え、使い捨てライターで火を点けた。コウは壁際に設置されたオートドリンカにリモータを翳して省電力モードから息を吹き返させるとクレジットを移し、アイスコーヒーのボトルを手に入れる。 「帰っても互いに淋しいな」  結城の言葉にアイスコーヒーを飲みながらコウは目を上げた。 「そう、ですね」 「『バディシステム』か……」  AD世紀からの倣いで『刑事は二人一組(ツーマンセル)』だ。それをバディシステムという。 「でも帰ったら結城さんにも、またバディが付くんでしょう?」 「だろうな。そういうあんたもそうじゃないのか?」 「いいえ。あの捜査から外されると同時に『もうバディは要らない』宣言しちゃったんですよね。それで一ヶ月もテラ本星にトバされてたんです。我が儘だと分かっているんですが――」  と、ふいにコウの言葉が立ち消えとなる。こもった異音が響いてきて足元が僅かに揺れたからだ。それぞれに首を捻りながらも耳を澄ませる。 「地震か? いや、違うな」 「爆発……テロ?」  自動消火の灰皿に煙草を投げ入れた結城はコウを鋭く見た。すみれ色の目で見返すとボトルをこちらもダストボックスに投げ入れ、素早く身を翻していた。  結城もあとを追って喫煙ルームを飛び出す。コウの足は速かった。
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