第6話

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第6話

 小柄なスーツの背を追ううちに焦げ臭さが空気に混じる。  数十メートルも走り通路の角を曲がると、カフェテリアから黒煙が噴き出しているのが見えた。窓も壁も通路側に吹き飛んでこなごな、昼時が近いのに店内から誰も出てくる様子がないのは被害が甚大な証左だ。  そしてまだ野次馬も集まっていないカフェテリアの前には、どう見ても一般宙港利用者とは思えない黒い戦闘服を着た男が三人いた。 「惑星警察だ、武器を捨てろ!」  その身に似合わず、何もかもを叩き割るような大喝をコウが発する。戦闘服の一人が手にしていたものをこちらに投げた。それが手榴弾だと認めた結城は思い切りファイバの地を蹴ってコウに覆い被さっている。  ゴトリと落ちた物体が爆発するまで二秒、恐怖と戦いながら結城は金髪の頭を胸に抱き伏せていた。瞬時に見取った手榴弾は対人タイプ、これの殺傷範囲は約十五メートルに及ぶが半径三メートルほど離れ伏せてさえいれば殆ど被害は受けない。爆音。 「……くっ!」 「結城さん!」 「大丈夫だ! 次弾くるぞ!」  もう一発で手榴弾は弾切れらしかった。だが戦闘服の男たちはスリングで下げていたサブマシンガンを構えて乱射し始める。結城は既に手にしていたシリルで初弾を放った。彼我の距離二十メートル、しかし火力が違いすぎて照準もままならない。  コウもシリルを抜き撃っていたが這ったまま徐々に後退を余儀なくされる。  通路の角まで一旦後退し、二人は肩で息をついた。 「宙港警備がくるまで粘りたいが……無理だろうな」  シリルM220はチャンバ含めて十連発、互いに六射を消費しているのは分かっている。残り四発のみだが、犯人たちを逃したくなければ危険を承知でリアタックするしかない。 「僕が出ます」 「いや、俺が出る」 「揉めてる場合じゃないでしょう。僕が出ますからね」 「待て。出るなら一緒だ。俺が援護するから、頼む」  タ、タ、タ……と、サブマシンガンによる場違いに軽快な連射音が響く中、頷き合った二人は呼吸を合わせ通路の角から飛び出した。  撃ち砕かれて天井のライトパネルがチカチカと明滅する中、結城は先に出た細いスーツ姿を掠めるようにトリガを引く。シリルは威力が弱い。結城が撃ち込んで撃たせない間が勝負、まともに敵と向かい合ったコウは滑るように走った。距離を詰めつつ速射で三射発砲。  狙いが浅くなるヘッドショットではなく、的の大きな腹に硬化プラ弾を叩き込んだ。  幸い敵はアーマーベストなど着けておらず、腹から血を噴き出させながらその場に頽れる。走った勢いそのままにコウがサブマシンガン三丁を蹴り飛ばし、敵の手と距離を取らせた。その頃には結城が追いついてきて敵の身体検査に加わる。 「結城さん、血が!」 「そう言うあんたも名誉の負傷だぞ」  ようやく宙港警備部の制服と野次馬たちが辺りを席捲し始めた中、互いの顔を眺めて溜息をついた。お揃いのように右頬から出血していた。他にも躰の至る所に血が滲んでいる。掠り傷だがこれは頂けない。宙港警備部にリモータリンクで身分を明かしつつ呟いた。 「実況見分を差し置いても、次の便に乗るのは無理みたいですね」  怪我の的確な治療を怠ってのワープは命に関わるのだ。亜空間で血を攫われワープアウトしてみたら真っ白な死体になっていたなどという事になりかねない。  宙港警備部の人員と実況見分を済ませてから宙港医務室に送られ、二人は治療を受けた。痕が残らないよう複数の傷を再生液で洗い流し、生温かい滅菌ジェルをかけ、合成蛋白スプレーを吹き付けてから人工皮膚を貼り付けられて治療は終了だ。  医師に礼を述べてから医務室を出た、そのときだった。  先にドアを出た結城の背に向けて黒い戦闘服の男がハンドガンを構えていた。咄嗟にコウは結城を突き飛ばす。まともに向かい合いシリルを抜き撃った。残弾の一発でヘッドショット。  だが相手の弾がこめかみを擦った衝撃でコウは瞬時に何も分からなくなる。 ◇◇◇◇  意外にこめかみの傷が深くてコウは一晩だけ再生槽入りとなった。  宙港近くの病院で目覚め、まずは長身のスーツ姿を目で探したが見当たらない。まさか被弾したかと思ったがそうではないらしく、リモータにメッセージだけが残されていた。 【やるべきことができたので帰星する。申し訳ない。 結城】  妙に気抜けしてコウは再生液の臭いを洗い流すために病室に付属のバスブースに入った。リフレッシャを浴びながら気付く。右肩の傷痕がなかった。綺麗に消えて肌は白いばかりとなっている。幾ら再生液でも古傷は何の細工もなしに消えない筈だ。  医師がサーヴィスでこんな事をするとは思えない。……なら、何故?  思い当たるふしは結城しかいなかった。彼が医師に依頼したのだ。  その意味を考えつつ自分で退院手続きし地元惑星警察に立ち寄って、あの黒い戦闘服たちがヴィクトル星系発祥のテロリスト集団・アラキバ抵抗運動旅団だったことと結城が無事だったことを確認して宙港に向かう。    三十分後にはリマライ星系便に乗っていた。 ◇◇◇◇  リマライ星系第三惑星ミントの星系首都マイネにコウの所属するマイネ六分署はある。官舎にも寄らずにコウが署に出たのは、定時である十八時半の二十分前だった。  機動捜査課の刑事(デカ)部屋に入ると課長席まで歩み寄る。挨拶と帰星が遅れた詫びを述べると、若手のキャリア組である課長からは形式的な口調で長期出張とパライバ星系でのテロリスト制圧に依る負傷について労われた。  子供が駄々をこねるようにバディシステムを拒否してから一ヶ月も他星に追いやられたのだ。コウだって自分が持て余されているのを知っている。課長はキャリア、まだ若手とはいえ出世を約束された立場で、悪い人間ではないのは知っているが面倒はご免だろう。  ただ、同僚たちは変わらず接してくれた。僅かに気の毒そうな顔をして。そんな彼らもいつまでコウの『我が儘』を見逃してくれるか分からない。  普段のコウたち機捜課は三班体制で一週間毎に在署番・自宅待機・非番を繰り返している。そして在署番は同報という事件の知らせをデカ部屋でひたすら待つのが仕事、同報が入れば何を置いても飛び出してゆかねばならない。勿論、在署番ならコウも出る。  だが動けるのは現着した場合のみ、規則で二人一組と定められている聞き込みや張り込みに就くことはできない。基本バディで就く深夜番も、あれからコウは外されたままである。
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