第8話

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第8話

 想像以上にSPの訓練は厳しく、おまけに仮とはいえバディまで勝手に決められてしまい、息の合わない相手に難儀しながら警護当日を迎えた。  ダークスーツに目立たない色のタイを締めた一団に混ざり、事務次官をリマライ星系政府議事堂に押し込んだのは十五時だった。  勿論、コウたちが警護するのはリマライ星系政府側の事務次官で、ドラール星系側の事務次官は自分の星系からSPをつれてきている。だが勝手も分からぬ他星系の賓客を放っておけず、コウたちはリマライ側とドラール側を走り回るハメになった。  これも想定内だったが交代の際には齟齬を生じる場面もあり気が抜けない。一人のパッケージに対し、常にバディ三組六名がフォーメーションを組んで動く厳戒態勢、だが水資源に関しては強硬な意見を持つ者が双方ともに多い。この会談自体を叩き壊そうなどという輩もいる。  せっかくここまで漕ぎ着けておいてドラールの要人を撃たれる訳にいかないのだ。  だからといってSPは緊張を保たなければ仕事にならないので、二時間ガードに就けば一時間の休憩が貰える。交代要員の一団に申し送りをすると同輩たちが一斉に溜息をついた。 「ふあーあ。やっと煙草にありつけるぜ」 「二時間の禁煙ご苦労様です。でもそんなに美味しいものなんですか?」 「これを愉しみに仕事してるようなもんだ」  SPの休憩室でコウはドラール側のSPに紙コップのコーヒーを手渡す。どうしても反りの合わない仮のバディは他の馴染みと歓談中だ。SPとしては優秀なのかも知れないが、ガード専門でないコウを少々馬鹿にした態度の男である。  そこで急にコウは不思議な懐かしさを感じた。何かと思えば匂いだ。  二時間禁煙した男が吸っている煙草は結城が吸っていたものと同じ銘柄だった。  思わずじっと見つめてしまうと男は視線に気づいてニヤリと笑う。 「そんな目ぇして、惚れるなよ」 「惚れませんよ、僕には想い人がいますから」 「同じ煙草を吸ってるってか?」 「ええ、いい勘してますね」 「何だ、美人をゲットして帰星しようと思ったのに早々にフラれるとはな」  そんな雑談をしながら表情は微笑みのまま、結城のことを『想い人』と言ったコウ自身が驚いていた。  だがそれもいいかと思う。二度と会うこともない、三日間一緒に過ごしただけの、ただの行きずりの相手を想い続けるのも自分には似合いだろうと。 「にしても、『事務次官を()る』犯行予告が二桁とは驚いたぜ」 「そうですね。それもメディアに洩れてますし」 「本当に殺られた日には惑星警察上層部のクビが幾つあっても足りんだろうな」  やがて休憩は終わり同じシフトの者たちが移動し始めた。コウも休憩室を出る。  会談は順調に消化されドラール側の事務次官はプログラム通りにコイルで七、八分の場所にあるホテルに移ることとなった。ごく短時間とはいえ一般道を走るので警備も山場、ここではコウとバディはドラール側のSPに組み入れられる。  黒塗り三台の真ん中、パッケージと同乗したコウは事務次官の銀髪を眺めた。  ホテルの車寄せに黒塗りが滑り込んでSP数名が降りる。コウも訓練中に何度も見た光景の何処かに異変がないかチェックした。雨の少ない星のホテル、車寄せの屋根は形ばかりで小さく、周辺の高層ビルから狙うのは容易い。だがこれでもマシな施設が選ばれているのだ。  しかしここで時間を食うのは余計に拙いと誰もが承知していた。リマライ側SP主任がゴーサインを出す。ドラール側SPが合図を受けてパッケージを四名で囲んで降ろした。続いてこれもパッケージである事務次官の秘書の男を二名で挟んで降りる。  そのとき忘れられない音をコウは耳にした。空気を超高速で切り裂く音だ。  同時に秘書が左腕から血飛沫を上げ、おそらく痛みより驚いて尻餅をつく。 「スナイプだ!」  誰かが叫んだが言われずとも事態は明白、SP数名がパッケージ二人を引き倒して地面に伏せさせた。そのSPを次々と弾が襲う。躰を跳ねさせるSPの上から更に他のSPが覆い被さった。  辺りは超高層ビルの林立、今は何処から狙っているか分からないスナイパーを捕らえるのが仕事ではない、コウも含めてSPとは『動く盾』に他ならないのだ。  皆が重なり合ったまま、コウは目前の敷石が火花を散らすのを見る。  七発分の音を数えて弾丸の飛来は止まった。約十秒のサイレントタイムの間に待機していた救急機と緊急機のサイレンがもう近づいてくる。  動ける者がそろそろと起き上がり始めた。SPの中には脚を撃たれ、自力で立てない者もいる。だが不幸中の幸いで死者も、重篤な怪我をした者もいなかった。  秘書は災難だったが事務次官は無事で血は流れたものの現代医療は心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルにある。まともにヘッドショットでも食らわない限り、完全再生するのだ。  けれど『油断』を罪として背負うコウは、まだ油断していなかった。  自身に怪我はなかったがSPは半分以下になってしまったのだ。それに足元に落ちているひしゃげた弾丸は忘れもしない338ラプアマグナムである。それが七発分。  もしかしてと頭の中で警鐘が鳴る。この危険な状況から脱するには何はともあれパッケージをホテル内に押し込んでしまうこと、それに尽きる。だがSP主任も負傷者組で更にはホテルの人間まで出てきて右往左往し、現場は混乱を極めていた。  相性の悪いバディも今は何処にいるのやら姿が見えない。仕方なく独断でコウは動き出す。  SPたちの血を銀髪の頭から浴びた事務次官の腕を掴むとその目を見て自分のすみれ色の瞳で頷き落ち着かせ、なるべく目立たないよう手を貸しつつ立たせる。  そうして事務次官をつれてホテルのエントランスへと駆け出した。たった数メートルが遠い。  小柄な自分の身でパッケージを覆い隠すことは困難、けれどそこに援軍がやってくる。ホテル内でのガードを担当するドラール側のSPたちだ。  その先頭を切ってやってきた長身を認めてコウは目を疑った。力強い笑みにも戸惑いを隠せない。  紛れもなくそれは結城だった。戸惑いながらもコウは力強い笑みに向かって走る。  その笑みがコウの背後を見て真顔に変わった。 「後ろだ、コウ!」  コウは振り向かなかった。訓練通りパッケージの襟を掴んで引き倒し、自分はその上に覆い被さろうとする。その動きを阻害したのは結城、シリルを手にしてコウを引き起こした。  現着が異様に早かった救急機、中型BELの中からは、五人の迷彩服の男がこちらにレーザーガンの銃口を向けていた。襲撃に次ぐ襲撃、反射的にコウはシリルを抜き撃つ。  普段なら腹にダブルタップのジャスティスショットを狙うが今は遠慮も容赦もする余裕がない。狙いはヘッドショットのみ、コウの肩越しに結城も撃つ。  ダブルガン状態だったがコウは結城が喉の奥で呻きを押し殺すのを察した。 「……くっ!」 「結城さん、撃たれた!?」 「構うな、コウ! 援護する、狙え、撃て!」  掩蔽物もない場所で至近距離、だが退く訳にいかない。コウも幾条かのレーザーに金髪を焦がされる。  しかし敵の得物はレーザーでマン・ストッピングパワーがないのはこちらに有利。コウと結城は殆ど背中合わせに立ち片側の肩を触れ合わせるようにして激しい火線に応射する。精確な狙いで中型BELの敵は次々と見えなくなった。  硝煙が漂う中、ふとコウが気づくと敵は沈黙していた。この場は二人で叩き伏せるのに成功したらしい。振り向いてコウは結城を見る。スーツの右肩に黒い染みがあったが重傷ではないらしい。  だがホッとする間もなくそこに一発の銃弾が飛来し、事務次官が躰を跳ねさせた。
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