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一の②
とある日、私は思い切ってこう告げてみた。
「白濱(しらはま)さんみたいに、なれたら良いのになあ」
すると彼女はすんと暗い顔をして、ふっと冷め切った表情を見せた。私は慌てて、しかしどうにも挽回のしようがないことに気がついた。
「本気で言ってる?」
そう彼女は、軽蔑するように言うのだった。それは自らを卑下し、私の眼力を侮るものであった。彼女がこう卑屈だとは思わなかった。理想は一つ、音を立て脆く崩れ去った。けれども、全部が瓦解したわけではなかった。当人に嘲笑われても、依然私は彼女になりたがった。少なくともこんな自分の何十倍も、彼女の方がずっと良いのに決まっているのだった。
私は彼女の自信を回復させるべく、自分の考えを貫き通すことにした。
「もちろん」
「私の何を見てそう言ってるの?」
平時の彼女からは考えられないほど、口調はきつかった。それなのに、私は止まらなかった。
「全部だよ! 全部大好き!」
「好きだからなりたいの?」と今度は呆れたように彼女は言った。
「うん」
「私の良いところしか、見えてないんだね」
彼女はその美麗な目を細めた。
「そうなのかなあ」
「そんなに言うんなら、代わってみる?」
彼女は、冗談を言っていた。何故なら今の彼女の目は、冗談を言う時の目であった。
「代われたら、いいけどなあ」
「その代わり美瑚(みこ)の人生、頂戴よ」
私は勢いよく頷いた。
「もちろん、もちろん。交換ってのは、そゆことだもんね」
「じゃあ、決まりね」
彼女は白い歯をニッと見せて笑った。矯正の跡がある、真っ白で並びの良い歯だ。本当に代われるんなら、どんなにか良いだろう。けれどもどうしても、そうはならないのだ。妄想は膨らませると楽しいけれど、後で余計に空しくなるものだ。
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