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四
朝目が覚めるとすぐに、私は今までに見ていた夢の内容を必死で思い起こそうとした。なぜなら、今し方何だか宇宙をぷかぷかと浮かびながら遊泳していたような、そんな愉快な気分だったからだ。しかし目を見開くと、急速に現実によって頭を書き換えられて、もうきれいさっぱり、夢のことは忘れてしまった。もう、二度と思い出せない気がする。
腕を見やると二の腕がぷるぷる、正真正銘私の腕であった。それを確認しなくとも、この部屋の感じ……ゴツゴツの天井に、適当に散らかった周辺、机の隅に積まれた教科書、問題集。私の部屋じゃないか。
眠い目を擦りながら、昨日のことは全部夢だったのではないかと考えた。全部、私の空想で、本当は無かったことなのかもしれない。
布団から立ち上がると、机上が横目に入った。そこに置かれていたのは、ノートである。鍵をかけてしまっていたはずの、彼女についての記録……はて、いつ出したのだろう? ——まさか!
私は一遍に顔を紅潮させて、居た堪れなくなった。それから、あっという間に布団を頭まで被った。
気持ち悪い、と思われただろう。しかし一体どうやって見つけたのだろう。よりにもよって、これを……部屋中探し回らないと、見つからないはずである。
私はカッカッと熱くなりながら、朝の準備を済ませた。それからほとんど何も考える余裕が無いまま家を出て、学校へと向かった。
随分早い時間に着いた。まだ誰も、教室にはいないはずだろうと思った。が、そこには彼女が一人、電灯もつけず薄暗い中にいた。彼女は私を見つけると、何故かクスと笑った。
「何で笑ったの?」と私は阿呆面で聞いた。彼女は「面白いから」と言った。
「何が?」とやっぱり阿呆らしく聞いた。彼女は「もういいや」と言った。随分投げやりである。
「私のこと、大好きなんだね」
彼女はニヤニヤとして言った。
「うん」と私は頭を掻いた。そして「ノート、見たの?」と聞いた。
「ノートって?」
「えっ?」
彼女はまたケラケラと笑った。こんな顔をして笑う彼女を、私はまだ見たことがなかった。彼女の掌の上で、踊らされているようだった。
やがて他のクラスメイトが登校してくると、私たちは話すのをやめた。それから賑わい出してからも、もう一度も話さなかった。私はちらちらと彼女を窺っていたが、やがて彼女は席を立ってどこかへ行ってしまった。
六時間目は席替えだった。いよいよ彼女が隣から離れてしまう。夢のような一か月も、もう終わりである。彼女がくじを引き、その後私が引いた。私が声をかけて、くじを見せ合った。
「あっ」
彼女と私は、前後の席だった。
「また近いね!」
私が元気になって言うと、彼女は何とも言われぬように口元をもぞもぞとさせて、上目遣いで、その後何だか哀愁を含んだ顔つきで申し訳なさそうに笑うのだった。これはまさしく、彼女にしかつくれない笑顔である。
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