一の①

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一の①

     一 「それ、いつものこと」  彼女のその言葉は冷たく、私の胸にぐさりと突き刺さる。  彼女はおしとやかで、いつもどこか憂いを含んだ表情を浮かべていた。それが、私には堪らなく、憧れであった。彼女は静かに、品のある咳をする。おっとりとした所作で、友人の誘いを断る。両眉を下げ、申し訳なさそうに肩をすくめ、笑顔を見せる。きっと、運動はそれほど好きではないのだろうが、走りも球技も淡々とこなしてみせる。実際、体育は見学が多いけれど、参加した時には上から数えた方が早いくらいの運動能力を見せる。そして何より——美人である。真っ白だけれど健康的に見える肌で、全体的に華奢で、背も少し高めだ。一方の私は、顔は冴えない、運動もできず、中肉中背、何もかも平均的でつまらない中学一年生。「彼女みたいになれたらな」と何度考えたことか知れない。まずは、友達になってみよう。彼女のことをとにかく、もっと良く知りたいと思った。  今度の席替えで、偶然隣になることができた。早速、話しかけてみる。 「よろしく!」  彼女は明るく微笑んで「よろしくぅ」と呑気に返した。知れば知るほど、好きになる。  先生が「隣の人と話し合ってみましょう」と言うのが、これほど嬉しかったことはない。私はすぐさま横を向いて「どう思う?」と問うのだった。 「分かんないかなあ」と言う。彼女は、勉強の出来が普通である。それもまた良い。頭が良過ぎても、何だか見透かされているような気がしてきて嫌だ。悪くても、それは理想にそぐわない。特別点数をとるわけではないけれど、彼女は頑張り屋だからその分こうしてそれなりに勉強ができているのである。私の平均よりちょっと下とは訳が違う。 「だよねえ」と相槌を打つ。それからは、彼女のことをもっと良く知るために時間を使おうと思う。 「趣味とかあるの?」 「今はそういう関係無い話、しちゃダメなんだよ」  彼女は優しく私を諫めた。——私が、男だったら良かったのに! 男なら、もうすぐに彼女に告白をして、付き合うんだ。そうしてどんな時も、どんなことがあっても一緒に暮らしていくのだ、と思った。いくら彼女と仲良くなっても、もし彼女に彼氏でもできたら、私の存在はそいつには劣ってしまうだろう。——彼女に彼氏ができるなんて、想像しただけでも何だか胸の奥がぞわぞわとする。彼女のことだから、良い人を選ぶのだろうけれど…… 「点が集まって、できてるんじゃないかな」  不意に彼女が言った。 「ほんとだ! 天才!」  はしゃぐ私を見て、彼女は唇を閉じニコニコと笑っていた。……天使だ!  私は家に帰ると机に向かって、彼女から聞いた情報(のみならず小耳に挟んだ細かなことまで)をノートに書き出していた。フルネームに年齢、誕生日なんて基本的なことから、好きな食べ物、好きな音楽に趣味から得意な教科まで……何だか自分でも気味が悪いと思った。こんなノートを万が一にでも誰かに見られたら大変だ、部屋の鍵のかかる引き出しに隠しておこうと思ってしまっていた。
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