マミもユウコもみんな結婚した

12/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「マキちゃん! おめでとう」  明るい声にまぶたを押し上げられる心地で、マキは目を開けた。 真っ赤なドレスを着た蝶子が、真っ赤なスマホのシャッターを押す。  マキより一年と少し早く結婚した、一個下の友達である。今は待望の赤ちゃ んがお腹にいて、ようやく安定期に入り、今日は夫婦で参列してくれた。 「蝶子ちゃんありがとう」  告げると、ぶわっと涙の気配が押し寄せてきた。  去年の夏――  蝶子の結婚式に出席した帰り、マキは美翠のバーで飲んだくれた。そして、 そのあと、うなずき君に出会った。  蝶子は、ほんとうに蝶々みたいにかわいくて小さくて、マキが守ってあげな いとと思わせるほど可憐だった。ぜったいに誰とも結婚しないで遊ぼうねと、 十代の頃、何度も約束した。  誰もそんな約束は守らない。  わかっている。  律儀に本気に、マキだけが守ってきた。今日まで。  でも蝶子とはもう結婚できないから、それを受け入れたから、だから、マキ は書類上だけでも結婚して、蝶子に少しでも嫉妬させようと思った。  もう、友達が次から次へと結婚していって、あんな思いをするのは、やめに したい。 『――ちゃんへ。 今日は来てくれてありがとう。私は結婚しても何も変わらないから、これか らもよろしくね!』  マキは女友達への手書きメッセージに、それぞれこう書いた。  ぜったいに書くまいと心にかたく決めていた、あの文字を、気づけばペンで なぞっていた。 だって、だって、これは嘘じゃないから。本当にただ書類の上で結婚しただ けで、マキは、うなずき君と純ちゃんのカップルがうまくいくことを心から応 援しているし、仲のいい二人の関係が好きだ。マキは変わらない。結婚しても 本当に変わらない。これは言い訳じゃない。溜息でもない。居直りでもない。 真実。 蝶子は席に戻っていた。なんであんな熊みたいなやつが蝶子と結婚できるの か理解不能の、馬の骨が、(いや、熊と馬に失礼だ)蝶子に笑いかけ、蝶子は 心から嬉しそうに笑っていた。 旦那は招待するつもりはなかったけれど、人数は多い方がいいから!と、う なずき君の両親が金にモノを言わせ、いまどきめずらしい派手婚にしてしまっ たのだ。 でも、来てもらってよかったかもしれない。 現実を目にした。  マキの隣ではなく、あいつの隣が、蝶子の居場所。 「……マキさん」  気づくと唇を噛みしめていたので、あわてて、うなずき君に微笑んだ。 「なに?」 「あのさ、おれ、マキさんはあの社長さんが好きなんだと思ってたけど、違っ たのかな」 「違わないよ。ツネオちゃんを好きなのは、本当。けど、べつにホントに結婚 したいわけじゃなかった。断られるのわかってて、いつも、プロポーズして た」  昔から、手に入らないものが好きだった。  さわるとこわれるものが好きだった。  そうして安心する。最初から手に入らなければ、なくす心配もない。 ああ、どうしてあたしは、ひねくれたことばかり、してしまうんだろうと、 マキは思う。 普通の女の子になりたかった。奇をてらうことなく、普通に学校に通って、 普通に恋をして、普通に仕事して、普通に結婚して。 そうだね、たとえば、ブルーワンダーが大好きで、季節ごとに行って、ペン ギーのマスコットを鞄につけているような。彼氏とブルーワンダーデートし て、おそろいのグッズを買うような。 そんな普通の女の子に、なりたかった。 ねえ、蝶子は嫉妬してくれた? 悔しかった?  マキは虚無に問いかける。 あたしの花嫁姿見て、キーって思った? 新郎の優しい笑顔みて、憎らしかった? 結婚しても変わらないよって書いてあって、変わらないわけねーだろボケナ スって思った?  きっと思わない。  うつむいて涙をこらえるマキに、肩をたたくでもなく、うなずき君が低い声 で言う。 「……今の子。あの子には、言ったの?」 「なにを」 「好きだって」 「言ったよ。何度も言いまくったよ」 「そしたらなんだって?」 「『あたしもマキちゃん大好き』って。両想いだぜ。いいだろぉ」 「いいねぇ」  うなずき君が弾けたように笑う。 「あのさ、マキさんも恋人つくっていいからね。男でも女でも大歓迎。おれも 純ちゃんも応援するし」  うん、とマキは首を振った。  今度は、マキがうなずき君になる番だった。  涙が止まらない。  蝶子ちゃん。ツネオちゃん。 あたしの愛した人たちよ。  次にもし、誰かを好きになったら。今度こそ、今度こそ、しあわせになりた い。  新郎の友人、もとい純ちゃんの友達五人が、調子よく歌を披露している。 『ヤングマン』だ。  フリも表情も完璧。  なぜ結婚式にヤングマン?   もしかして……渾身の皮肉ジョーク?  だんだん笑えてくる。  みんなが手拍子する。  うなずき君も手拍子している。  でもリズムがずれている。  しまいには泣き笑いになる。  マキは夫に言った。 「ねえ、ひろきくん」 「なんだい?」 「あのね、久しぶりにブルーワンダーにいきたい」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!