マミもユウコもみんな結婚した

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「ツネオちゃん!」 したり顔でマキは、前回会ったときとまったく同じテーブルに近寄った。す でにツネオは、席についてウーロン茶を飲んでいた。 しかしなにかがおかしい。違和感がある。いつもの偉ぶった威圧感がごっそ り抜けおちていた。  着ぐるみを脱いだように、ひとまわり縮んで見える。 「ようよう……マキ」  ツネオはトレードマークのダブル・スーツではなく、地味なダークスーツを 着ており、指輪もしていなかった。声にも肌にもハリが失われていた。それで も要件はさっさと済まそう。マキは、恐縮して逃げ腰のうなずき君の手首を掴 んで引っ張った。 「はい! この人と結婚したから! これ証拠」  婚姻届受理証明書を広げて見せつける。加えて、この約束をした時に作った 誓約書も提示した。ツネオのサインと拇印付きだ。 「さあ、約束だよ。百万円払ってちょうだい! 即金で!」 「そうかぁ、マキ、よかったなぁ」  拍子抜けとはこのことだ。ツネオは悔しがりもせず、ただ弱々しく、金歯を 見せた。なんかちがう。こんな姿は想像していなかった。 「はぁ。会社のお金を持ち逃げされた……?」 「あいつな、えりなって女、偽名だ。その手の業界じゃ有名な詐欺師だったん だよぉ」  参っちゃったよもうー、とツネオは、すっかり毒気を抜かれた朗らかな笑顔 で言う。  あの、キャピキャピ言ってた、えりぴょんが! 結婚詐欺師って!  聞けば二十歳というのも偽りで、実年齢はもっと上だったらしい。  まあ、よく考えれば二十歳そこそこの女子が、六十歳の男に惹かれるはずな いか。しかも出会って一週間で電撃婚約とか、裏があるとしか思えない。(マ キが言うのもなんだが) 「おれは末代までの恥だよ、せっかく軌道に乗ってきた会社が路頭に迷うなん てなぁ。だからなぁ、おまえと結婚してりゃ―よかったんだよな。もう遅いっ てな」  マキは何も言い返せなかった。運ばれてきた中生ジョッキも、減っていな い。ビールの泡よりも、その向こうにいるツネオの額ばかりに気を取られてい る。 「すまん、今はこれで」  ツネオはポケットから万札を三枚出し、皺を広げて、テーブルに丁寧に置い た。  マキはためらいなく、そのお金を手に取ると、財布に大事に仕舞った。 「今日はこれくらいで勘弁してあげる」 「はは」  すっかり丸くなって、カリスマ社長でもなんでもない、ただのおじさんと化 したツネオは、笑いながら店を去って行った。 残されたマキは残りのビールを一気飲みした。 隣で、うなずき君が微動もせず、タイ料理のガパオライスを見つめていた。  薄い唇だけが薄暗い店内でうごく。 「マキさん、あれでよかったの? あなたはあの人の事が好きなんじゃない の? おれと結婚なんてしたばっかりに、自由になれないんだったら――」 「いいのよ」  うなずき君がせっかく手に入れたもの。対外的な結婚、家族というものを、 マキは壊したくなかった。 「これは結婚式の資金にしましょ!」  マキは財布を片手に、にっこり笑った。 「それと、今夜の飲み代ね」
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