マミもユウコもみんな結婚した

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ある真夏の夜、レンタルのパンツスーツを着たマキはやり場のない思いを抱えて、美翠市のエスニックカフェ&バーで一人飲んでいた。  ブルーワンダーが隣近所の土地を買収してアトラクションを増やし、事業拡大していくとともにすくすくと成長した彼女だが、肝心の『海の国』には小学生以来一度も入国していない。マキは乗り物のたぐいが大の苦手だった。バスに五分乗るだけで酔う。  そのくせ酒にはまったく酔わないザルであった。 「はぁ~仕事終わりに遊んでくれる友達もいないしもちろん週末も一人。一人で遊ぶしかねぇ。子育てしてる友達と会っても話合わなくて自分の生活がむなしくなるだけだしなぁ。独身ならキャリア積めるけどべつに仕事が好きなわけでもなく誇りとか皆無だし誰でもできるような仕事だし、隙あれば辞めたいし、ネットでうまくコミュニティに入れないし、もうかくなる上は結婚するしかないわけ。話し相手がほしいから結婚するなんてばかばかしいけど本当に、理由なく連絡していい人って彼氏か旦那しかいない。常に会話できる相手をつくるには、スムーズに会話できる超高性能AI人形の登場を待つか、結婚するしかないじゃん。AIは待ってられん、たぶんあと二十年かかる」  マキはカウンター席で、店員に話しかけているのではない。店の片隅の二人掛けテーブルに一人ですわり、観葉植物の隣で、生い茂る緑を見ながら、ガイヤーンと呼ばれるタイの焼き鳥をつまみ、語りかけている。つまり一人でしゃべっている。  マキが最も許せないのは、自分の子どもの写真をSNSのアイコンにしているやつでもなく、年賀状に家族写真を送ってくるやつでもない。  そう。彼女がイラッと来る、既婚女友達の発言ランキング堂々の第一位。 それは。 (ドロドロドロドロ……)  これはドラムロールの音。 (ジャアアアーーン)  シンバルの音。 『結婚しても私は何も変わらないよ と言う奴』だ! 数々の友人知人に言われてきた言葉、あるいはメッセージカードに手書きされ、またはメールに添えられていたそのお決まりの一言。思い起こすだけで、行き場のない憤りが身体中にわきあがってきた。 「変わらないわけ、ないわー!! あほか。結婚してもし本当に何も変わらないんだとしたら、結婚する意味ないだろ! だいたい結婚したら生活スタイル変わるし、一緒に住む旦那に影響されるし、旦那の家族との付き合いとかもあっていろいろ変わるし、友達と遊ぶ時間減るし、何を差し置いても家庭優先に なるに決まってるじゃん。変わらなかったらむしろそいつヤバいわ。結婚生活になんら影響を受けずに変わらないやつがいたら、もはや人間じゃねー、妖怪か仙人だよっ!」  ほとんどカラになった中ジョッキの泡を睨み付ける。 「だからあたしは決めてるの。自分が結婚するとき、ぜったいにちゃんと、友達はほんとうのことを言うって。『結婚したら旦那と家庭優先になって友達の優先順位は低くなって、遊ぶ頻度がだいぶ減るだろうけど、それでもあなたのことは好きだからどうか友達でいてください』って」  文句を観葉植物に向かって撒き散らして多少すっきりしたマキは、ビールを追加注文した。 「ようよう……元気のいいねえちゃんじゃねーか」  そのとき、断りもなく向かいの席に座ってきた男がいた。 目に染みるような真っ青のダブル・スーツを着た太った中年男がにやける。  はぁ、と頷きかけたマキは固まった。 「ツネオちゃん……?」  なつかしい名前が口をすべる。
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