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これから婚約の祝杯をふたりであげるというツネオとえりぴょんを店に残
し、マキは早急に出会いを探した。
百万円が欲しいというよりも、ばかにしてきたツネオを見返してぎゃふんと
言わせたいがため、マキは手段を選ばない覚悟である。いや、でも、やっぱり
百万円は欲しかった。ついでに結婚もしたい。
別のバーに入って手当たり次第にナンパしようと思ったが、マキはふと、美
翠駅前の夜景を見て思い直した。ブルーワンダーの入場ゲートに向かって歩い
て行く。
吹き抜ける温かい海風。潮の気配。
潮風のにおいはきっと、近くの海岸や海浜公園だって同じはずなのに、どこ
か違う。この場所だけ特別な魔法がかかったよう。
南国風のデザインの街に、きらきら、きらきら、輝く『シレーヌ城』のシル
エットが浮かび上がっている。テーマパークを象徴する白亜のお城だ。
シレーヌ城のモデルといわれる、山上に浮かぶホーエンツォレルン城より
も、マキはこの地元の、偽物のお城が好きだった。同い年で同郷だもん、好き
になるに決まっている。
人の群れに逆らってひとり、マキは『ブルーワンダー・海の国』の入場ゲー
ト前の長い橋にやってきた。
日曜日の夜。
海の国から現実へ、多くの家族連れ・カップル・友達グループが、列をなし
て駅の方にぞろぞろと歩いてくる。夏休み期間なのもあってものすごい集客率
だ。みんな、ぼんやり柱の角に突っ立っているマキの存在などないかのよう
に、笑いながら、あるいは疲れた顔で、通り過ぎていく。
そんななか、一人きりで歩いてくる人物がいた。このテーマパークでソロ活
動とは、なかなか骨のあるやつかもしれない。
夜更けで顔もよく見えないが、あと三日しか猶予はないので、マキは勢いだ
けで話しかけていた。
「あの!! わたしフリーライターのマキともうします。今、ウェブマガジン
で『アラフォー独身男子もハマるブルワ生活』っていう特集をしてまして、お
話を伺えるかたを探してます!」
「えっ」
空からきりきり舞いしてきた鳥の胴体が顔にぶつかったような目で、彼はマ
キを見てきた。
「失礼ですがアラフォー独身ですか?」
「ブルワ大好きでいらっしゃいますよね? ブルワから出てきたし」
「インタビューしてもいいですか」
こんなの信じる奴いるのか……? しかし勢いにのまれたのか、男はこくこ
くと大げさなほどに頷いていた。
これまで人を疑ったコトなんてあるんだろうかという純朴な瞳で見つめら
れ、マキは息をのんでいた。
「そうなんだぁ。フリーライターなんて、すごいねっ」
最後の「っ」て何だ。君は女子中学生か。
このぶんなら、結婚してくださいと告げても彼はうなずくかも。いける。
長袖のシャツを重ね着して、やせ形の長い足はアニメキャラもかくやという
ほどスタイルがいい。三度会ったくらいじゃ覚えられない平凡な顔に平凡な髪
形、平凡な眼鏡。彼を心の中で「うなずき君」と呼ぶことにする。
正直まったく好みの範囲外、だけど今は背に腹は代えられない。
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