鏡火

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 あの場を逃げ出して五分ぐらいだろうか。俺は人気と欄干の無い、古い橋の上に立っていた。  どうやってここまで来たのか、と言う記憶はほぼ無い。ただ、転んで手が血(まみ)れになった事は分かる。 「馬鹿だなぁ俺は」  言葉はまたも花火に掻き消された。  水面には花火が綺麗に写っている。広い川は夜空を丁度鏡の様に写していた。 「ごめん、咲」  言葉は水面に溶ける。  俺は咲を傷付けた。守ろうと思った彼女を俺が傷付けた。そして関係を崩した。  どうやら謝罪はもう届かないらしい。 「ごめんなぁ。ごめんなぁ」  何度も言う。届かないと分かっても狂った様に謝罪を口にする。  哀れだ。そう言って笑ってくれる人はもう居ない。背中を(さす)る暖かい手ももう無い。 「俺は地獄行きだ」  黒い靄は視界を全て覆った。視界だけじゃない。壊れた心の残骸も、初恋も、咲との記憶も。思考も。全てを覆ってしまった。  申し訳程度に付けられた段差の上に立つ。その時を待ち、ただ下を見ている。  爆音で、一際大きな花が咲いた。花火もそろそろ終盤か。 「また会いてぇな」 金色の柳が空を彩ったと同時に、俺は中心に向かって登っていく。 ――花火の代わり、俺は水飛沫を咲かせた。
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