3章

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 まず占い師を職業にするにあたって、何をすればいいのか。法子は調べることにした。  まず、場所の確保。これは現状、占いの館のような場所を持つことは難しい。自宅サロンのような形にしている人もいるようだが、これも立地的に不便な場所に住んでいる法子にとっては厳しいし、最低限のリフォームも必要だと思うので金銭的にも不可能。いくら長期に渡り働いていたといえ、占いにハマっていたときにこしらえた借金の返済がようやく終わった法子に、そこまでの貯金はなかった。  だが、インターネットが発達した昨今、昔と違い直接会わなくても、ビデオ通話によって占いは可能である。つまり、部屋とパソコンを含めたインターネット環境さえあれば、どこでも占い師としての活動が可能ということである。これは昨今の主流で、わざわざ占い師のいる場所に行かなくてもいいという客側と、場所を確保しなくていいという占い師側の双方のメリットになる形態であった。  だが、客を呼び込むために、広告はしなくてはならない。広告といっても、費用をかけて大々的にする方法もあるが、今は誰しもが無料でブログが作れる時代である。  法子は既に持っているブログサイトに、占い師としての新しいアカウントを追加した。その際、どういう風に自分のブログを演出していくべきか考えた。法子は占いの館やサロンに客として何度もいったことがあるが、ブログとしてどのように占い師が活動しているかはあまり知らなかったので、様々な占い師のブログを見た。その結果、人気のある占い師に共通する項目を三個発見した。  まず一つ目に、自分の顔を載せているということ。これはおそらくだが、見ている側が安心感を感じるという効果があるためだろう。占い師としても、自分の顔をネットに晒すということは、ある種リスクのあることだ。それを厭わないということは「占いが本物だから自信があるんだ」と、相手を安心させることに繋がるはずなのである。たしかに、もし自分が占ってもらうなら、顔を出しておらず、例えばキャラクターのアイコンの人などには頼まないと法子は思った。  そして二つ目は完全に法子の感覚だが、名前が格好良いこと。詳しく言うと、いわゆる占い師の名前っぽいということである。  まず、本名で占い師をしている人はあまりいない。これは、先ほどの安心感という点では逆説的だが、ある種占い師という職業は人間離れしていると思ってもらうことも求められる。なにせ他人の未来を占うのだから、並の人間の能力ではない。超人的な神の力のようなことなのである。それを醸し出させるのに、名前は大いに役に立つ。例えば能力が同じ占い師なら、よしこや、まりえ、かなよりも、沙羅、美琴、木蓮などいう名前の人に占ってもらいたいと思うのが人間の性であろう。  そして三つ目は、過去に悲劇的なエピソードを持っているということである。これは共感と説得力に繋がる。  占いを求めている人は、現状がうまく行っていないことで、日常に不満を抱いている人が大半だとは思うが、同時にここから人生を逆転したいという向上心をも持っていることが多いはずである。その願いを叶えさせるために、占い師自身がモデルケースとして自分の人生で逆転を果たしているということが説得力に繋がるのである。  ずっと平々凡々や順風満帆であったり、ずっと幸福度の高い人生を送ってきた人よりも、悲劇を味わってきた人のほうが好感度という意味でも高い。さらに「私もそういう辛い時代がありました、でも占いと出会ってから人生が好転したんですよ」と言うことができるので言葉に重みが出るはずである。特にプロフィール欄で、過去の壮絶な生い立ちを書くことが有効に見える。多少のエピソードの誇張は皆がしている気がする。  法子は、まずそれら三つのポイントを押さえるために、一つずつ考えることにした。  まず、一つ目の自分の顔を載せること。最初にして、最大の難関の気がした。  第一、法子は自分の顔写真など、一つも持っていなかった。持っているのは、付き合いでいった日帰り旅行の際、参加者大勢の中でひっそりと写っている引きつった笑顔の写真くらい。こんな自分に自信のなさそうな笑顔の占い師に誰が相談してくれるのだろうかと思い、写真をスライドしていく。やはりもっと自分に自信を持った安心感のある微笑みをしなくてはならない。  試しに法子はスマホのカメラをタイマー撮影にして、リビングの真っ白な壁を背景にした自分を撮影してみた。見てみると、なにか思想の強そうなおばさんが笑っていた。先ほど見た過去の自分よりも月日が経ち、目が垂れ、目尻の皺が深くなり、髪の毛もベタついている。それはもはや、濡れ亀のようだった。  濡れ亀に相談するのは、日照りで乾いた亀が「保湿の方法」を乞うときくらいのものだろう。法子は一旦、自分のプロフィール写真は後回しにすることにした。  二つ目の、占い師らしい威厳のありそうな名前の設定を考えることにする。できれば、威厳がありつつ、自分に関連のある名前が良い。そこで法子は本名である「辰巳法子」を元にして、漢字で何か二文字程度でいい名前ができないか考えた。例えば辰巳の「辰」を「龍」にすることで、法龍。だが、何か有名な寺の名前を想起されそうだ。では反対にしてみれば、龍法。これは何か男性のような響きに見える。自分の名前では、どうもいい塩梅の名前がつけれない。そこで、法子は亡き母の名前を思い浮かべた。母の名前は「倫子(りんこ)」だった。ちょうどいい感じに「倫」が威厳を出せそうな漢字だ。  そして、その倫に自分の法を合わせて「法倫」とするのはいいのではないか、と思った。だが、少しまだ固い感じがする。それに、亡き母の漢字をずっと掲げていく資格が自分にはない気がした。なので、倫子の音の響きの「りん」だけをもらい、別の漢字を当てる。  例えば「法凜」にするのはどうか。その二文字を見たとき、何か法子の中でしっくりと来るものがあった。そう、その「凜」の文字を選んだのも、将来法子に娘ができたときにつけたいと思っていた名前が「凜」だったからである。そのときは気付いていなかったが、もしかすると母の漢字の倫と同じ読みの漢字を使うことで、亡き母の姿を自分の娘に託そうと思っていたのかもしれないと気付き、少しゾッとした。  だが、それでも法凜の響きも字面も法子は気に入った。これしかないと思った。  そして、三つ目の悲劇的なエピソード。これは問題ないと思っていた。キーを押す指も軽やかに動いた。 『都内の一戸建てにて優雅な幼少時代を過ごし、一人っ子のため両親の愛情を一心に受けていたが、二十代で一人暮らしを始めると父と母が早くして亡くなる。貯金を切り崩して借金をしながらも占いに明け暮れるも、すぐには結果が出ず、少し時間が経ってから好転しだす。そのあたりから徐々に仕事も安定し、現在に至る』  だがそのように書いてみると、自分の半生はそこまで波乱万丈でもない気がした。両親が両方とも早くして死んでしまったのは、たしかに悲劇的だが特別珍しいわけでもない。しかも病気で死んだのである。もちろん死に方で悲しみの度合いは測れないが、世間には借金取りに追われて自殺した父親や、ある日突然交通事故で亡くなった母親などを持った子供など、より悲劇的とされる経験を味わった人がいる。職業も十代のときに水商売を経験したり、突然会社をクビになってホームレスになった経験のある人もいる。  法子は職業的にも、一般的と言われるものばかりなので、少しインパクトに欠ける気がした。かと言って、嘘を載せるわけにはいかない。  それともう一つ頭を悩ませたのは、結婚した経験がないことを載せるべきだろうか、ということだった。夫の浮気で離婚したとか、結婚したあとも自分は他の人と恋愛することをやめることができなかった、とかであれば、むしろ占い師としての説得力は増す気がするが、結婚経験が一度もないというのはプラスに働かない気がした。  ここはひとまず、触れないでおこうと思い何も書かなかった。見る側で、いいように解釈してくれることを祈った。  そして、結局大事なのは、絶望の淵に追い込まれていた自分が、時間のラグがあったとはいえ、占いによって人生が変わったということだ。だから、自分も占いで誰かの助けになりたい、ということだった。法子はその部分の文字を赤色に染めた。
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