1章

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 「昨日もさぁ、清森さん格好良くてさぁ、改札通るときにちらっと見えただけなんだけど、黙々と机に向かって書類を書いてる背中が哀愁漂ってて、たまらなかったのよ。なんかあそこの制服生地が薄いのか知らないけど、背骨が浮き出てる感じがたまらなくてさぁ……」  鈴がエミカの部屋にツカツカと上がり込んで、また絶賛片思い中の駅員のことを喋っていた。どうやら、鈴は骨に弱いらしい。駅員の背骨に哀愁を感じて興奮しているというのは、エミカの周りを見渡してもかなり奇特な存在である。  だが、仕事を終えて帰宅し、晩御飯も食べずにパソコンにかじりついて、予約した占い師が画面に現れるのを今か今かと待っている自分もかなり奇特な存在だと思っていた。  法凜との二回目の占いセッションは、エミカが診断を予約して六日後の夜だった。当時は、結構先になるなとがっかりしたが、六日後というまた数字の「6」が出てきたことに、エミカは運命めいたものを感じ、納得した。そして、法凜のことを知りたがっていた鈴にそのことを伝えると、「私も当日見に行っていい?」とすごい剣幕で電話があったのでエミカは渋々了承した。だが、こちらの相談を聞かれるのは恥ずかしいし、法凜側に言うと拒否されそうなので、部屋の隅で慎ましく聞いておいてくれと念を押しておいた。ただ今更、鈴に対して隠し事もあまりないので、恥ずかしいという感情も、そこまでではなかった。  予定時間ぴったりに、画面いっぱいに法凜の姿が現れた。エミカは背後で鈴が笑いを堪えた音が聞こえた気がしたが、自分自身も笑いそうになった。前はこんなアップになっていなかったと思うのだが、ビデオ通話に慣れていないのだろうか。おそらく画面設定をいじってしまったのだろう。  さすがに、自分の画角が大きすぎると思ったのか、素知らぬ顔で法凜は後ろに下がった。だが、ホームページに載っている顔写真ではわからなかった目尻の皺とシミをエミカは見てしまった。そこから察するに法凜は、もしかすると母親よりも歳上なのではないか、とさえ思った。 「こんにちは、おまたせしました。牛嶋様」  気を取り直したように、法凜は澄ました表情をしていた。エミカは努めて冷静な表情で、返事をした。  法凜は「牛嶋様にいい出逢いがあって、良かった」という祝辞を述べながらも、エミカにとってはショックなことを言った。 「ただねぇ、運気が変わってきているのよ」  また、打って変わった深刻な表情になった。 「運気、ですか?」 「えぇ、もちろん運気っていうのにも流れがあってね、今回見事にその男性と出逢えたのは、その運気があなたに流れていたからなのよ。その流れを引き寄せるために、メロン柄の服だったり、開運数字を言ったんですね。ですけど、数日前あなたに連絡をもらったときに、その男性との運気をもう一度調べてみたら、もう運気自体がなくなってたのよ」 「運気がなくなるって、どういうことですか?」 「残念だけど、早い話が今はその人と結ばれることはないってことなの。もちろん、絶対にその人と結ばれないって言い切ることはできないけど、今はその時期じゃないわね。だって、流れを変えようにも、運気自体がないんだから何にもできないの」  エミカはツラツラと語る法凜の様子を見て、本当に皆原と自分が結ばれることはないということを悟った。それまで、占い師は都合のよいことばかりを言うようなイメージだったが、ここまではっきりと、相談者にとって嫌なことを言ってくれる法凜はやはり信用に足る人間だと思った。 「わかりました、そうですよね。歳も私より五歳くらい若そうですし、イケメンでモテそうだし、そもそも私なんて相手にされるわけがないんですよね」  不本意ながらも、認めるしかなかった。せめて、まだ皆原への気持ちが燃え上がる前だったことは良かったのかもしれない。  時計を見ると、まだセッションが始まって数分しか経っていなかった。皆原との件に納得はしたが、このまま終わってしまってはせっかく払った料金がもったいない。 「あの、残りの時間で他に相談してもいいですか?」  エミカは少し恥らいながら訊いた。 「えぇ、いいですよ。特別、恋愛にこだわらなくても大丈夫ですからね。開運にジャンルの決まりはないのですから」 「はい。あの私、法凜さんを信頼しています。だから先日出逢ったその男性も、諦めようと思います。ですが、どうしても今はいい恋愛がしたいんです。他に、今の私にふさわしい男性には、どこに行けば出逢えるでしょうか?」  エミカが鈴の存在を忘れ、切実にそのことを訴えると、心なしか法凜はギョッとしたような表情をした気がした。すぐに「ちょっとお待ち下さいね」と言って、テーブルの上のタロットカードをめくりだしたり、光る石に両手を添えて何かを念じたりした。その動きは自分の母親と同世代とは思えないほど機微で、エミカはその様子を見守った。その様子は十分ほど続いた。途中、後ろを振り返り、鈴の様子を見ると彼女は半笑いで画面を見ていた。  いつから点いていたのかわからない蝋燭の炎を、フッと法凜が消すと一呼吸おいて、エミカに話しかけた。 「残念だけど、今は効果的な場所は見当たりません。おそらく、運気の流れを変えてまだ期間が経っていないからかもしれませんね」 「そんな……じゃあ私はしばらく動かないほうがいいんですか?」 「いえ、そういうわけではありません。そうですね……」  法凜は一瞬、部屋の上のほうを見上げた。蝋燭の煙が何かを示しているのだろうか。 「あと、四日後ですね。四日後の火曜日にはあなたの新しい運気が発生しているはずです」 「四日後ですか?」  エミカはもっと先のことになると思っていたため、あまりの早さに驚いた。消失した運気はそんなに早く復活するのか。 「そうですね。まあでも、念のため六日後にしましょう。六日後にまたこのセッションで、牛嶋様の運気を見させてもらいます。もちろん、料金は今回の分でいただいているので、結構です」  法凜は少し焦ったような表情だった。  だが、その言葉でエミカは救われた。日にちは四日後でも六日後でもよかったのだが、正直家計的には何度も料金を払うのは避けたかったのである。
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