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バンドメンバーは私を殴った主犯格の咲希と、咲希に付いてきて私を罵った二人にした。
当然残りの二人も難色を示したが、以前私を殴ったことへの罪悪感をくすぐってやったり愛衣先輩の存在をちらつかせたりするとすぐ謝ってきて上辺だけでも仲良くしようと承諾してきた。一人は他のバンドにも参加するらしく練習が大変そうだが、まあ少しくらい苦しんでもらいたいところだ。
「お前って何だかんだ図太いよな」
――といった話を機嫌良く由良先輩にすると、由良先輩は呆れたように苦笑した。
すっかり授業もなくなり春休み初日なので、我が儘を言って由良先輩を近くのドーナツ屋さんに誘ったのだ。
由良先輩は最初電話した時は“甘いもん好きじゃねーし”という反応だったが、何だかんだ私に弱いので付いてきてくれた。
「友達もできたみてーだし、その調子じゃ俺が心配しなくても大丈夫か」
そう言う由良先輩はちょっとほっとしたみたいな表情だ。
「えー、ずっと心配してくれてたんですかぁ?」
「お前あからさまに孤立してたからな。特に同学年からの評判はよくなかったし。俺や愛衣や伊月やハルが卒業したらどうすんだよって思ってた」
まあ由良先輩が色んな面で私のこと心配してくれてたことくらい知ってますけどね。
「私ずっと友達の作り方分からないって思ってたんですけど。なんか自然にできるもんなんですね」
甘ったるいドーナツを頬張りながらそう言って、由良先輩のかっこいい顔面を見つめていると、由良先輩がふと嫌なことを聞いてきた。
「最近伊月は?」
「あー…………伊月先輩ですか? 猛アタックが止まらないですね」
あれから伊月先輩とは小百合も含めていつも一緒にお昼ごはんを食べているし、帰りも一緒だし、なんやかんや押しに負けて連絡先も交換してしまったし、甘い言葉のオンパレードだしテスト前もなんやかんや押しに負けてカフェで一緒に勉強してしまった。
伊月先輩の部屋にはもう行っていないし、伊月先輩も誘ってこない。前と違うところは唯一そこだけ。
……でも、伊月先輩の言動の全てが体目的ではないことを証明しているようで何だか調子が狂う今日此の頃だ。
「仲良くしてんだな」
「気になります? ヤキモチですか?」
「ちげーよ」
もはやお馴染みとなりつつあるからかいを入れてみたが、由良先輩は相変わらず素っ気ない返答をしてくるだけだった。
ドーナツ屋さんを出た後、歩いて帰る途中に大きな公園があり、小さな子どもたちがサッカーをして遊んでいた。
それを見て立ち止まった由良先輩が、「ちょっと寄っていいか?」と提案してくる。
「話したいことがある」
由良先輩はそう言って、私を連れて公園のベンチまで歩いていった。
二月の外はまだ寒いが、今日は風が少し温かく、コートも着ているので気にならなかった。
「ずっと考えてた。伊月に言われた“曖昧な態度”って言葉について。やっぱこのままじゃ駄目だと思ったから、今はっきり言う」
ベンチに腰をかけた後、少しの間があって由良先輩が始めたのはそんな話だった。
「俺、愛衣のことまだ好きだ」
きゅっと心臓を掴まれたような痛みが走る。そうか、別れて一ヶ月くらい経ってもやっぱり。
「お前のことは気になるし、可愛いし、何かあったら助けてやりたいって思う。でもそれは妹に対するような感情で、恋じゃない」
予想していた以上に辛かった。これまでフラれても別に平気だったのは、まだアタックできると思ってたから。でも今日の声のトーンは明確に私を拒絶していることが分かる。これ以上期待を持つなと、由良先輩はそう言っている。
「……そんな話じゃないかと思ってました」
心配をかけないように、強がって笑った。
嘘だ。思っていなかった。
もしかしたらこのまま押せば私に気持ちが揺れてくれるんじゃないかって思ってた。
「伊月に渡すのは心配で、それは正直すげぇ嫌だ」
「……勝手な人ですね」
「愛衣の話を聞いてるから尚更な。伊月が人の気持ちを利用する側の人間だって分かってて、お前のこと任せらんねぇとは今も思ってる」
そんなに私のことが大事なら、付き合ってくれたらいいのに。
そんな恨み言の一つでも吐いてやりたくなるが、その大事であるという感情と、恋愛感情との間には、由良先輩の中で明確な差があるのだろう。
「でも、さっきの話聞いてて、今後傷付くようなことがあってもお前は大丈夫だって気付いた。俺過保護すぎたな」
「大丈夫じゃないですよ。全然、大丈夫じゃないです。由良先輩いなくなったら力出ません」
「大丈夫だろ。今のお前ならもう大丈夫だよ。お前には変わる力も、立ち直る力もある」
泣き落とししたらまだいけるかな、なんて狡いことを考えた後で、それをするのは惨めだと思ってやめた。
……そっか。もうだめかあ。このままズルズル近い距離感で仲良くしていけて、あわよくば付き合えないかななんて思ってたけど、どこまでも正しい由良先輩はそうやって先延ばしにはしてくれないらしい。
フラれたと頭では理解していても実感が湧かないままぼうっとしていると、小学生くらいの子どもたちが蹴ったサッカーボールが私の足元に転がってきた。
まだあまり汚れていない、新しいサッカーボールだ。
遠くからそのボールをこちらまで飛ばしてしまったであろう少年が走ってくる。
私はそのボールを拾い上げ、由良先輩を振り返る。
「折角ですし、最後に遊びませんか?」
――……日が暮れるまでサッカーをした。
ガキどもと一緒に。
私は中高時代からバスケやバレーボールなどといった腕を使うことがメインの球技は好きなのだが、足を使ったボールのコントロールだけは滅法苦手で、何度も小学生たちに文句を言われた。
由良先輩は何でもこなせるタイプなのでサッカーもめちゃめちゃ強くて、小学生たちから「かっけー!」「お兄ちゃんもっと遊んで!」と大人気だった。
私は子供からも嫌われるのか……と由良先輩との人気の差を感じて空虚な気持ちになった。
終わる頃には冬なのに汗だくで、久しぶりに無茶な動きをしたせいで腰が痛かった。
腰を押さえて遠い目をしているとガキどもに「ばばあ!」「おばあちゃん!」「弱い!」などと生意気なことを言われたので追いかけ回しておいた。
帰り道、私のメンタルの状態に似つかわしくないくらい夕焼けが綺麗で嫌気がさした。
でも、サッカーをする前よりは気分が清々しかった。
「由良先輩」
コンビニで買ったポカリスウェットを飲み干してから、隣を歩く由良先輩に話し掛ける。
「大好きでした」
フった後もちゃんと家まで送ってくれようとするそういうところ、まだ好きだ。そう簡単に諦めきれない。だけどもう諦めなきゃいけない。
「ギターがバカみたいにうまくて、車で流してるバンドの曲のセンスがいいところが好きでした。大学に入って初めて大声で笑わせてくれたのも、部活のフェス後の飲み会で酒飲んで泣きながら吐いてる私を見捨てず介抱してくれたのも、社交性なくて嫌われやすい私をさり気なくフォローしてくれてたのも、全部由良先輩でした」
「俺そんな大した人間じゃねえよ」
「大した人間だったんですよ、私には」
誰がどう言おうと、由良先輩自身がどう思おうと、私の中で由良先輩はとびきりいい男だった。
「本当にありがとうございました。長い間、私の心の支えになってくれて」
男という生き物に絶望しながらそれでも希望を失わずにいられたのは、由良先輩が彼女ができてから最後まで私に手を出さなかったからだ。
私も卒業しなきゃいけない、由良先輩から。
心配をかけさせることで気を引くような幼い自分から。
男という生き物に依存していた自分から。
“可哀想”な自分から。
そう思えた時、年月が立てば人は嫌でも変わるし成長するのだと感じた。
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