知らない夜はないはずだった

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 : 翌日、結局伊月先輩の部屋に泊まってそのまま大学へ登校した私は、突然私の座る席の前で仁王立ちしてきた小百合に対して怪訝な顔をしてしまった。 「どうだったの?」 「どう……とは?」 主語はどうした。 「は、忘れたの!? あたしが折角二人っきりにしてあげたのに!」 朝から騒がしい女だな……と呆れながら、ああそのことか……と納得した。 どうやら小百合は昨日私と由良先輩を二人で置いて帰ったこと、自分の功績だと思っているらしい。いやまあ二人きりのイチャイチャタイムを作れて嬉しかったけど。 「別に何もないよ。手に触っただけ」 「手に触った? それだけ? あんた中学生!?」 「そんなすぐ進展できる相手ならこんなに時間かかってないから。」 そういえばこの子同学科だったか、と今思い出した。私という人間はあまり周りに興味がないらしい。 小百合がムッとしながら私の隣の席に座ってきたから、なんだなんだと思って一つ隣の席に移動したくなった。 「あんたがさっさと由良さんとくっついてくれないと困るんだけど」 「思ったんだけど、私が由良先輩とくっついたところでライバルが減るわけじゃないでしょ。逆に伊月先輩の今のお気に入りである愛衣先輩がフリーになって危ないんじゃない?」 何で私に固執してるのか分からないし、やり方を間違っているとしか思えない。 そりゃ協力してくれるなら嬉しいけど、小百合にメリットないんじゃないかな。 私が伊月先輩と関わらなくなったところで伊月先輩は新しいセフレを作るだけ。プラマイゼロ。不毛だ。 「……別に、愛衣さんはそんな強敵じゃないし」 ええ? あの愛衣先輩に対してよく言えるなそんなこと。大した自信だ。 愛衣先輩は顔が可愛いだけじゃない、人望もあるし仕事もできるし努力家だし心が綺麗。女として以前に人間として格上だと私は思う。人としての魅力度で言えば、サークル内で愛衣先輩はずば抜けている。それを強敵じゃないと? 「愛衣さんとあたし、伊月さんの中では同レベルくらいだと思う」 「愛衣先輩と同レベルはさすがにないんじゃない? 小百合は“あんまり話したことない”んでしょ?」 「いや、そうだけど……」 あからさまに小百合の目が泳いだ。 ちょっと意地悪しちゃったかな。口止めされてるって大変だなあ。 小百合の隠し方が下手すぎてちょっと面白く思っているうちに講義が始まったので、スマホを鞄にしまってそちらに向いた。  : 小百合は昼休みまで私に付いてきた。何故か一緒に御飯を食べることになってしまい、思わず「友達いないの?」と聞いてしまった。 「いるけど今はそれよりあんたの方が気になるだけ。てか友達いないとかあんたに言われたくないんですけど?」 「私は男の友達ならいるし。今朝だって伊月先輩の家から来たよ」 「なにそれ、マウント!? あたしなんて随分前から伊月先輩の部屋行ってな…………あ」 口を滑らせた、という感じでポロッとセフレであることを漏らしてしまった小百合が、慌てて自分の口を押さえる素振りをする。 やっと吐きやがった。バカっぽいしカマかけてたらすぐボロ出るだろうとは思ってたけど。 「ただのセフレに恋するとか大変だね、あなたも」 鼻で笑ってやった。すると小百合は驚いたような顔をして私を覗き込んでくる。 「……あんた、もしかして知ってた?」 「伊月先輩から聞いた」 「え、え、伊月さんあたしの話してたの!?」 うん。頭弱いセフレの一人だって言ってたよ。……と言うのはさすがに傷付くだろうからやめておいた。 「早く目を覚ましなよ。セフレなんて男にとって無料風俗だよ。過度な期待しちゃダメ。あと女って体の関係持った相手に心奪われやすいようにできてるらしいよ。その恋心って錯覚なんじゃないかな?」 「ちょ、やめて、そういうこと言わないで」 「あなたに気があるならさっさと付き合ってるって。ずっと関係持ってるのにセフレ止まりってことはお察しでしょ。付き合うとか面倒なことしなくても股開いてくれる手軽で都合いい女ってだけだよ。私もあなたも」 「うわあああああ! やめてえええええ」 私の歯に衣着せぬ物言いによってダメージを受けたらしい小百合が、服の胸の辺りを鷲掴みしてテーブルに突っ伏す。 はは、夢見てる愚かな女に思い知らせるのって楽しいかも。 「そんなこと分かってる、分かってるけど止められないの」 「……」 「ていうか、そう言うあんたは全くないわけ? セフレに恋したこと」 小百合に質問されて、入学したての頃私のことをヤリ捨てたチャラ男の顔が脳裏を過ぎった。 確かにあの軽薄な男のことは本気で好きだった。大学生になりたてだったし、先輩という存在が大人に見えたというのもある。新しい環境で不安なところに、表向き優しくてコミュ力高い陽キャな先輩がグイグイ話し掛けてきたら落ちてしまう、というよくあるパターン。 当時純粋だった私はセックスは愛し合う二人がするものだと思い込んでいた。だから流されて身体の関係を持った後、自分とチャラ男は愛し合っているのだと勘違いした。勝手にもう付き合っていると思っていたし、チャラ男に他にも何人もそういう相手がいると知った時は動揺して視界がぐらぐら揺れて、吐きそうなくらいショックだった。大学の講義を初めて欠席したほどだ。 私が男という生き物に失望したのはあの時が最初。その後色んな男と関わっていくうちにより男が嫌いになったし、期待もしなくなった。 だからセフレにガチ恋している女は愚かだと思ってしまうし意地悪したくなってしまう。昔の愚かだった自分と重なって。 「――え、ここチョーおいしそうなんだけど!!」 「は?」 「これ! 見て!」 私の沈黙が長すぎたのかスマホを見ていたらしい小百合が見せてきたのは、インスタのストーリーの画面で、そこにはクソデカモンブランが映っている。 ……何で女ってこんな短いスパンでコロコロ話変えてくるんだろう。 「ヤバくない? めっちゃおいしそう。でもこれデカいから一人じゃ食べきれないだろうなー」 よく食べ物目の前にあるのに食べ物の話できるな。食い意地張りすぎでしょ。って言ったらまたガミガミ怒られるから言わないけど。 「…………あんた、日曜日ヒマ?」 「は? 私?」 「食べきれないから一緒に来てよ。この店そこまで遠くないし」 日曜日は基本的に暇だ。男に会うにしても夜からだし。 「……あいてるけど」 「マジ? じゃあ行こうよ。約束ね」 小百合がスケジュールアプリらしきものに私との予定を入力し始めた。 私も忘れないようにメモする。 勢いで空いていると答えてしまったが、女の子と二人でどこかへ行くなんて何年ぶり? という感じなので、ちょっと緊張した。 それから、私は小百合とよく一緒にいるようになった。教室では大体小百合と隣に座るし、今も昼食を一緒に食べている。 小百合は元々軽音サークル内に二人友達がいて三人で一緒に行動していたらしいけど、小百合が私といるようになってからその二人は小百合から離れたらしい。 小百合と一緒に私の悪口を言っていた人たちだから当然私のことはよく思っていないはずだし、だからこそ私によく話し掛けている小百合から離れたのだろうと思う。嫌な奴と仲良くする奴をハブるっていう、中高生がよくやっていることである。 それを気にしていない様子の小百合も不思議だ。自分の友達を捨ててまで私に突っかかってくるって、恐ろしい執念だな……と、最初は思っていたが。 「あんた次のライブ何曲歌うの?」 「二曲だよ。ほんとは三曲やる予定だったんだけど、はるりん先輩の学科が試験で忙しくて二曲になった」 「ふーん……。あのさー、その次のライブだけどさー……一緒に組まない?」 ちょっと照れ臭そうに私から視線を逸らし、長い爪をスマホの画面にカツカツぶつける小百合を見て、こいつ実はツンデレなだけで私のこと好きなのでは……? と思い始めた。 「あんたのこと、ずっと前から狙ってたんだよね」 小百合の言葉に、自分の顔が青ざめるのが分かる。 「ごめん私そういう趣味はないかな」 「そういう意味じゃねーし! ずっと前からバンド誘いたかったってこと」 「あ、そう……。よかった……。実は小百合私に気があるんじゃないかってちょっと疑ってたから、否定してくれてよかったよ」 「心底ほっとした顔しないでくれる!? あたしもそんな趣味ねえわ!」 キャンキャン鳴く小百合が犬みたいでちょっと笑ってしまった。ずっと小百合なんかに似てるなと思ってたけど、ちっちゃい頃家で飼ってたトイプードルだ。 「狙ってたならさっさと声掛けてくれたらよかったのに。」 「いやだって……あんたいつも絶対伊月さんと組むじゃん……」 「伊月先輩いたらだめなの?」 「伊月さんに、セフレになった以上バンドは一緒に組まないってハッキリ言われたもん」 ああ、伊月先輩既セクとはバンド組まないんだっけ。変に関係性がバレたり相手が伊月先輩に夢中になってまともに練習しなくなったりしても嫌だからと、バンドで一緒になるのは極力避けるようにしているとは言っていたような気がする。 「ああ、小百合はだから私のこと特別敵視してるわけだ?」 そこでようやく合点がいった。 私は唯一伊月先輩と頻繁にバンドを組んでいるセフレなのだ。だから小百合は、伊月先輩にとって私が特別な存在なのだと勘違いしているのだろう。 見当違いも甚だしい。伊月先輩が懸念しているのは相手が恋愛感情を拗らせてバンド内の人間関係や演奏に支障が出る可能性である。私は伊月先輩に恋愛感情を抱いたりしないし、抱いたとしてもそれを相談する友達もいないという意味で信頼されているという、ただそれだけ。 そう思って訂正しようとした時、小百合が「それだけじゃない」と否定した。 「それ抜きにしても、あんたはあたしにとって愛衣先輩より格上のライバル」 「……何で?」 「……あたしが桜狐に興味持ち始めた時と、伊月さんが桜狐に興味を持ち始めた瞬間って、同時だもん」 ぼそぼそと不服そうに呟く小百合の声を聞き取るので精一杯だった。 「あたし、伊月さんが桜狐に恋に落ちた時、伊月さんの隣にいたから分かるの」 いくら近しい人間でも、知らないことって実は沢山あるのかもしれないって この時初めて思った。
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