知られたらおしまい

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 : 由良先輩が愛衣先輩と話し合うと言ってから二日が経った金曜日。 「小百合、何聴いてるの?」 小百合のスマホの画面を覗き込むと、裸の男女が抱き合っているMVが映っていた。最近流行りのセフレ関係に酔ってる女の曲だ。聴いたことはあるけど痛々しくてあまり好きじゃないやつ。 「これって共感できる? セフレという関係性に対して全くエモさ感じないからこういう曲に共感できないんだよね。ただの性処理にそんな浸れる? と思って。身体だけの関係に酔ってる感じがして聴いてると共感性羞恥でいたたまれなくなるんだけど。セフレとのセックスとか挿れる擦る出す、以上! でしょ」 「そういうこと言わないでもらっていい? ほんっとヤな女。あんたそんなんだから友達いないんじゃない」 呆れ顔をしながらイヤホンを外した小百合は、不審そうな目を私に向けてくる。 「そっちから話しかけてくるなんて珍しいじゃん。なんかあったの?」 「自慢したいことがあって。多分小百合にとってもいい話だよ」 小百合の隣に腰をかけ、授業が始まる前にとざっくり昨日あったことを説明した。 「……マジで? やるじゃん」 私の話を黙って聞いていた小百合は、ちょっと驚いた様子でふんふんと頷く。 「てか、愛衣さん謎じゃない? 何でそんな嘘ついてんだろ。まあそのおかげで仲悪くなってるみたいだからラッキーだけど」 小百合が私目線の感想を言ってくるのでちょっと笑ってしまった。 私と由良先輩がくっついたところで小百合にとって大した前進にはならないだろうに、自分のことのように考えているみたいだ。 そうこう言ってるうちに授業が始まって、小百合と喋るのはやめた。 授業中こっそりスマホを確認するが、誰からの連絡もまだ来ない。 今日が話し合う日だろうから由良先輩から連絡来ないかなって期待してるけど、まぁそうすぐには来ないか。 気持ちを切り替えて黒板に書かれた授業出席確認のための番号を大学のマイページから送信していると、少し遅れて入ってきた同級生たちがヒソヒソ話しているのが聞こえた。 「本当にどうしたんだろうね」 「愛衣さんがあんな顔してるの初めて見た」 愛衣さんという単語が聞こえてきてそちらに耳を傾けてしまう。噂話をしているのはよく見れば軽音サークルの、あまり話したことのないメンバーだ。 「伊月さんのことビンタしたんでしょ?」 「何したんだろうね伊月さん」 「なんかデリカシーないこと言ったんじゃない?」 「最近仲良くしてたのにね」 「あー、確かに。前はそんな仲良くなかったのに最近急によく一緒にいるの謎だったよね」 愛衣先輩が伊月先輩にビンタ……? 何したんだあの人。 まぁ今日の放課後は家に行く約束してるし、その時聞けばいいか。愛衣先輩が嘘ついてた理由も伊月先輩なら知ってるかもしれないし、それも含めて。 「伊月さん、人怒らせるの上手なとこあるしね~」 「てか伊月さんってベース特にうまいわけでもなくない?」 「それチョー分かる、私の方がうまい気がする」 「なんの自信だよー。あんた二回しかライブ参加してないじゃん」 「私飲み会盛り上げ要員だもん」 噂好きな女子たちは話を止めない。 あはは、相変わらず愛衣先輩の人気って凄いなあ。愛衣先輩に害を及ぼす人はすぐ悪口言われるターゲットになっちゃうんだもんね。 「――本気で言ってるのかな、あれ」 授業中にも関わらずベラベラ喋り続ける後ろの女子たちに聞こえるように、小百合に問いかけた。 「本気で伊月先輩より自分の方がベースうまいと思ってるなら耳腐ってるから楽器やめた方がいいよね。あの凄さが分からないなら音楽向いてないよ」 「ん……? お、おう」 授業に集中していて後ろの女子の話は全く聞いていなかったらしい小百合には何の話か分からなかったようで、すごく適当な相槌をうってきた。 まあ別に小百合に言ってるわけじゃないからいいんだけど。 チラリと後ろに目をやると、悪口を言っていた三人の女子たちがくっそブサイクな顔して私を見ていたので微笑み返しておいた。  : 放課後になっても由良先輩からの連絡は来ない。まぁ今日のいつ愛衣先輩と話すとは言ってなかったし、もしかしたらこれから話すのかもしれない。 このソワソワ早く終わらせたいなあ、と思いながら伊月先輩のマンションへ向かった。 冬なので授業が終わる頃には外は真っ暗だ。早く夏が来てくれないかなと思う。……でもその頃には今の四年生は卒業してるのか。 由良先輩はうちの大学の院に進学するらしいから卒業って感じしないけど、伊月先輩はどこに就職するんだろう。サークル内の四年生の中では伊月先輩が一番早く就職決まっていたイメージがある。でも今まで一度もどこ勤めになるんですか?なんて聞いたことがないことに気付いて自分でもちょっと驚いた。伊月先輩に興味なさすぎでしょ、私。 「昨日楽しかったですか?」 いつものように伊月先輩の部屋に入り、フルコマで疲れていたこともあってソファに寝転がって聞いた。何で愛衣先輩にビンタされる事態になったのかも気になるし、割と早々に探りを入れることにしたのだ。 勉強机の前の椅子に座って勉強している伊月先輩は「ああ、」と思い出したようにこちらを見て言う。 「あの子ガード固いけどどうにかなったよ。強引に迫ったらヤれた」 あまりにあっさりとそんなことを言うから、ああなるほど、ヤれたんですね~と流れで返してしまいそうになった。 言葉の意味を頭で理解するのが大分遅れたように思う。 「……え?」 「ん?」 「…………エイプリルフールって近かったでしたっけ?」 「まだ真冬だよ、桜狐」 どうせ冗談だよバカだなって言葉が来るだろうと思って呑気に寝転がっていたけど、声のトーン的にガチなので思わず上体を起こして伊月先輩を凝視した。 「そんなわけなくないですか? さすがに嘘でしょ。だって愛衣先輩ですよ?」 「分かってないなあ。ああいうしっかり者の長女タイプの方が、実は男に依存しやすいんだよ?」 「依存、って。愛衣先輩が伊月先輩に依存したって言うんですか?」 「うん。もうずっと前から。種を植えたままの女なんてちょっとつつけばすぐまたヘラってくるよ」 思考が追いつかない。 自分の中の愛衣先輩像が崩れていく。 「ずっと前から……?」 「俺と付き合ってた時から。あの子はずっと俺に依存してるよ」 それ、私が入学してくる前からってことにならない? ずっとって何? 由良先輩と付き合いながら伊月先輩のことも好きだったってこと? 急速に愛衣先輩のことが分からなくなっていく。 私の中の愛衣先輩はいい人で頼りになる先輩で、正義感が強くて嫌なところなんて一つもなくて、私のことも可愛がってくれて。 ――でも、それが表向きの顔なんだとしたら? 誰しも持っている二面性を、愛衣先輩だけが持っていないなんて、考えてみれば有り得ない。 ショックなような、愛衣先輩が普通の人間でほっとしたような、真逆の感情が同時に襲ってくる。 「愛衣先輩が今好きなのは誰なんですか」 「それは由良でしょ」 「いやもう本当に分かんないんですけど……。難しいこと言うのやめてください。ただでさえフルコマで頭働かせた後で脳が疲れてるのに」 「愛衣ちゃんが今好きなのは由良で、依存してるのは俺なの」 「そんなに伊月先輩に依存してるなら、何で由良先輩と付き合ったんですか、愛衣先輩は」 伊月先輩が面白そうに薄く微笑む。 「それ聞いちゃう?」 「……知りたいです」 「俺が由良と付き合ってってお願いしたからだよ。あの子俺の言うこと何でも聞くオモチャなの」 伊月先輩のこと怖いって思ったことは何度かあったけど、こんなに恐怖を覚えたのは初めてかもしれない。
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