知られたらおしまい

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 : 由良先輩からは着信が二件と、私を心配するメッセージが一件届いていた。 約束していたのに突然来なかったらそりゃあびっくりするだろう。事故にでも遭ったんじゃないかと心配するのが当然だ。 あの後お腹が痛くて行けなかった、スマホの充電もなくなっていたと嘘の返信をしながら、自宅の鏡を見て溜め息を吐いた。 非常識な女だと思われたかな……。 鏡の前で、身体中につけられたキスマークと噛み跡を見ながら溜め息を吐いた。 帰る前も伊月先輩は機嫌が悪かった。そんなに怒らなくてもいいじゃんと思った。 いつも優しい伊月先輩にあんな態度を取られたのは初めてだし、正直もう会いたくない。これが喧嘩ってやつなんだろうか。 私たちこれで終わるのかな。一番長いセフレだっただけに、少し喪失感がする。連絡先一覧を見てみるが、いつの間にかもう長いこと会っていないセフレだらけで、今更会いたいと言う気にもなれなかった。 ――その時、画面が着信画面に変わる。由良先輩からだった。起きて私のメッセージを確認してくれたのだろう。 慌てて電話に出る。 「もしもし」 『腹治った?』 由良先輩の声に酷く安堵した。 「……治りました。ごめんなさい、約束守れなくて。怒ってますか?」 『怒ってねーよ。心配してる』 「……」 『約束に関しては、俺もクリスマス、お前のこと待たせてたし。おあいこだ』 どこまでも優しい由良先輩は、思えば私に対して本気で怒ったことがないように思う。新入生の頃どれだけやらかしても、ライブで機材の位置間違えても許してくれた。言い方は無愛想でも、そういう優しいところが大好きだ。 「由良先輩、これから会えませんか?」 『今から?』 「はい。由良先輩の話、早く聞きたいです」 それだけじゃない。 伊月先輩に乱暴に扱われた動揺を、絶対的に安心できる存在である由良先輩と会って紛らわせたい。 少し間があった後、由良先輩が『じゃあ、俺がそっち方面行くわ』と言った。 「うち今日親いないんで、部屋来て襲ってくれてもいいですよ?」 『親いないも何も、元々一人暮らしだろ。お前んちの近くタリーズあったよな? そこで』 近くに着いたら連絡する、と言って通話を切られてしまった。 相変わらず、つれない。 今日は土曜日だ。 休日は大抵夜まで家にいるので化粧なんてしないのだけど、由良先輩と会うとなれば話は別。お気に入りのアイシャドウをして髪を巻いて固めて、ちょっと可愛いワンピースを着た。私の家から最寄りのタリーズまで徒歩数分だが、由良先輩の家からはそう近くないので、準備をする時間は十分にあった。 前髪のコンディションを気にしながら外へ出る。風はちょっと強いけど太陽は出ている、そこそこ明るい冬の朝だ。 はやる気持ちを抑えながら横断歩道を渡り、タリーズがある建物の一階にあるケーキショップの前に立つ由良先輩の元へと駆ける。真っ黒で丈の長いコートを身に着けている由良先輩はいつも以上にすらっとして見えて、ドキドキした。 「ゆらせんぱぁ~い」 「そんなだらしない顔すんなよ」 「すっごく会いたかったんで」 やっぱり由良先輩と会うと安心する。 由良先輩の手を取り、二階への階段を登る。途中転けそうになったが、由良先輩が呆れながら支えてくれた。 私はキャラメルラテ、由良先輩はエスプレッソを頼んで席に着いた。注文する時にスマホの画面を差し出していた由良先輩のその手の形ですら好きだと感じてしまうのだから重症だ。 「私由良先輩の見た目も好きです」 「急に何だよ」 「んーん。好きだなあって思ったんで。思ったことはすぐ伝えた方がいいかなって」 「……お前はストレートだよな。あいつとは大違いだ」 「あいつ?」 首を傾げて聞き返すが、由良先輩は無言でエスプレッソのカップに口をつけるばかりで、あいつが誰かは教えてくれなかった。 まあでも、そんなことより今は。 「話ってなんだったんですか? 由良先輩」 今回の話は私にとっていいニュースな気がするから、そっちの方が早く知りたい。 たとえ悪いニュースだったとしても、愛衣先輩とどうなったかは、今後由良先輩を奪ううえで得ておくべき情報だ。 ゆっくりとエスプレッソの入ったカップをお皿の上に置いた由良先輩は、私の目を真っ直ぐ見ながら答えた。 「愛衣と別れた」 予想していたことなのに、改めて聞くと変な心地がした。嬉しいような、罪悪感がするような……いやでもやっぱり嬉しい。 「やっっっとフリーになってくれたんですね? ではこの機会に、私と付き合いませんか?」 「そんなすぐ切り替えできねーよ。別れたばっかだぞ」 由良先輩が呆れ顔をして断ってくる。くそう、そうすぐにってわけにはいかないか。 「どういう話になったんですか? 取っ組み合い? 私ろくに恋愛経験ないんで別れ話ってどういう感じなのか分かんないんですけど」 「普通に話し合って、もう無理だよなってなって別れたよ。どちらからともなく。お互い理性的だったし、取っ組み合いとかはしてない。別れた後も仲は良いし」 ドラマで見るような荒々しい別れではなかったらしい。 愛衣先輩と由良先輩で、そんな激しい言い争いになるところは想像できないので納得だけど。 「……愛衣先輩ってやっぱり浮気してたんですか?」 あまり外野が踏み込むべきことではないと分かっているけど、自分の知っている愛衣先輩像とそこだけあまりにも違いすぎて、最後に聞きたくなった。 由良先輩はその問いに対してしばらく黙っていたが、ようやく口を開いて話し出す。 「愛衣は伊月への執着を捨てきれてねーし、そこに俺の入る余地今はねぇなと思って、引いた」 由良先輩が話し出す。 昨日愛衣先輩が由良先輩に話してくれたという、愛衣先輩と伊月先輩の過去を。
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