この心臓尽きるまで

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この心臓尽きるまで

「……ちなみに聞きますけど、この話ってノンフィクションですか?」 「何で俺がここでお前に作り話を聞かせるんだよ」 由良先輩から、愛衣先輩が昨日してくれたという話を聞いた後、私は神妙な面持ちをして念のため由良先輩に確認した。 由良先輩の話に聞き入っていたせいで、かなり時間は経っているのに私のキャラメルラテは少しも減っていない。 「伊月先輩、私のこと好きなんですかね……?」 「さあ。あいつの考えることは俺もよく分かんねーよ。ただでさえ滅多に自分の考えを言わない奴だし」 確かに、伊月先輩が私のことをどう思っているか、私と由良先輩がいくら話し合ったところで答えなんて出てこないと思うから、この話をするのはやめることにした。……正直めっっっちゃ気になるけど、今考えても意味がない。 「じゃあ、別れ話の時は……」 「正しく生きたいから、別れてって言われた」 「愛衣先輩の方からだったんですね」 てっきり伊月先輩と二人で会っていたから由良先輩の方からフったのだと思っていたけれど、違ったらしい。 「由良先輩はどれくらい気付いてたんですか?」 「伊月と付き合ってたって話は聞いてた。でもそこまで好きだったとは知らなかったな。つい最近まで」 由良先輩は伏し目がちだ。その瞳の奥がちょっと悲しそうに揺れていて心が痛くなった。 伊月先輩と愛衣先輩が一緒に帰るのを普通に許していたくらいだし、そこまで二人の関係性について警戒していなかったのは本当だろう。私だって、愛衣先輩に限って浮気は絶対にしないと思っていた。 「俺は頑張ってる愛衣が好きだったし、愛衣のことを強いと思ってたし、愛衣の努力家なところに憧れてた。だから伊月に勝てなかったんだろうな」 愛衣先輩が伊月先輩のことを好きになったのは、不完全な自分を肯定してくれたからだ。愛衣先輩の本質を見抜いたのが伊月先輩だったのだろう。由良先輩に足りなかった部分があるとするならば確かにそこだ。 「やめちゃえばいいのに」 「何を」 「愛衣先輩を好きなの」 由良先輩の目がようやくこちらに向けられた。 「未練あるの丸分かりです。だって今日の由良先輩ずっとテンション低いもん」 元々そんなに笑う人じゃないけど、由良先輩のことずっと見てきたから、今日は特に笑ってないって分かる。 「最低なこと言いますけど、私今チャンスだなって思ってます。由良先輩の心の隙間に入り込むなら今だなって。あわよくば私に甘えて依存して、それを恋心だって勘違いしてくれないかなって」 「……」 「慰めてあげましょうか?」 「……いい」 「ですよねー」 そう言うって思ってた。だって由良先輩、人のこと利用しなくたって立っていられる人間だから。 「でも、これからはもっと堂々とアピールできるので嬉しいです。また出直しますね」 「お前はいつも強かだな」 頬杖をついてニヤリと笑ってみせた私を見て、由良先輩が呆れたように笑い返してきた。 別れるとしたらすぐ私に乗り換えてくれるかも、なんて期待していたからちょっと残念だけど、よく考えたら由良先輩の性格的にそれは絶対ないだろうし、今日初めて由良先輩の笑顔が見られた、それだけで今は十分ということにしておこう。  : 「……って、ことがあったんだけどどう思う?」 由良先輩と会った翌日の日曜日、約束通り小百合とモンブランを食べに来た私は、クソデカモンブランに木のフォークを突き刺しながら最近あったことをほぼ全て小百合に話した。ほぼ全て、というのはもちろん話せない部分もあったという意味である。愛衣先輩が伊月先輩に依存していた話とかは、愛衣先輩のプライバシーだと思うので言わなかった。 ただ、愛衣先輩が伊月先輩は私に特別な感情を抱いていると思っていることだとか、この間の夜伊月先輩にされたことは話した。 小百合も以前伊月先輩が私のことを好きだとか何だとか言っていたから、何か知っているんじゃないかと思って。 小百合はインスタにあげる用の写真を撮る前に私がクソデカモンブランにフォークを刺して崩したことを怒っていたが、私の話は真剣な顔で聞いてくれていた。 「まず一つ言っていい?」 「うん」 「伊月さんに怒っていいよ」 まず、で出てきたのは私が予想していたどの言葉とも違っていた。 「乱暴なことされたんでしょ? それで怖い思いしたんでしょ? キレていいと思う」 伊月先輩に惚れてるくせに結構厳しいことを言うんだなって意外だった。 「あと、伊月さんがあんたのこと好きかもしれないってことについてはどう思うかだけど……」 小百合はこの寒い中セットで頼んだアイスティーをストローでズゾゾゾッと吸った後、私に向き直る。 「好きだよ。伊月さんはあんたのこと」 そこまでハッキリ言い切るとは思っていなかったので、ちょっとぽかんとしてしまった。いや何その自信。何を根拠に……。 「小百合の思い込みとかじゃなくて?」 「前も言ったでしょ。伊月さんがあんたのこと好きになった時、あたし伊月さんの隣にいたの」 「前も言ったけど、そんなぼんやりした話聞くだけじゃ納得できない。具体的にはいつ? 何で好きになったと思ったの?」 小百合は大きな溜め息を吐き、面倒臭そうにガシガシと頭を掻いた。綺麗な薄ピンク色に塗り潰された小百合の爪の上には蝶々のデコレーションが施されている。 「新入生歓迎ライブの日! あたし、伊月さんの隣であんたを中心に組まれたバンドの演奏聴いてた」 「はあ?」 「あの時の伊月さんの表情忘れらんない。あたしがいくら話しかけても気付いてなくて、あんたのことだけ見てた。その後くらいからあたしは伊月さんの家に行けなくなった。あたしが“あの子のこと好きなんですか?”って聞いちゃったから」 「……はあ?」 意味が分からない。それただ演奏を集中して聴いてただけじゃないの? 新入生歓迎ライブの時期なら既に私は伊月先輩とセフレになっているし、ライブ後も会ったはずだけど、そこまで態度が変わったようには見えなかった。伊月先輩は出会った頃からずっとあの調子のはずだ。 「あの時あんたが希望して歌ってた曲、多分あたしたちのサークルの中で誰も知らなかったよ。伊月さん以外」 「……まあ、あれはもう解散したバンドの曲だしね」 新入生歓迎ライブで私がやりたいと先輩たちにお願いしたのは、私が一番愛していて、大好きなバンドの曲だった。十年前に解散したバンドの、誰も知らないようなその曲をせめて一度だけでも人前で歌ってみたかったのだ。 小百合は続ける。 「あの曲、一度だけ伊月さんが聴いてたのを聴いたことあったの。伊月さん、あの曲のこと、一番好きだって言ってた。正直あの曲って歌うの苦しいでしょ。それをあんたは選曲したうえに、原曲キーで完璧に歌い上げたわけ」 「私からすれば、だから何って話なんだけど。それだけじゃ好きにならないでしょ」 「見かけによらずこのサークル内ではトップクラスでバンドが好きな伊月さんが、音楽で人を好きにならないって本当に言い切れる?」 片手でスマホを開き、大昔のプレイリストを引っ張り出してみる。 新入生歓迎ライブの時に練習のために何度も再生していたその曲の名前はfatum。ラテン語で運命を意味する、クサい歌詞の曲だ。 「あーあ、あたしって優しい! ライバルにこんなにネタバラシしてあげる心優しい女あたしくらいじゃない? イケメン降ってきてくれないかなー」 モンブランを食べ終え、バカなことを言いながら店から出ていく小百合の後を付いていった。 正直動機についてはあまり理解できないけど、これだけ周りから伊月先輩にとって私が特別だと言われ続けるとそんな気もしてくる。 「聞きたくないけど聞くわ。あんたはどう思うの」 店を出た後、オシャレなモフモフ帽子を被った小百合が私を振り返って聞いてきた。 「どう……とは?」 「伊月さんのこと。どう思うの」
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