この心臓尽きるまで

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「ただの、セフレの一人だよ」 迷わずそう答えることができた。伊月先輩が私のことを本気で好きだったとしたら、伊月先輩は私のことをちゃんと好きになってくれた初めての異性ということになる。でも、伊月先輩が彼氏に向いているかと言われれば絶対にそうではないし、手に入れば飽きるという男の性質上、長続きするとは思えない。 「ふーん。ずっと聞きたかったんだけど、あんたってそういう友達何人いるの?」 繁華街の、石でできたお洒落な道の上を最近買ったという黒いブーツで歩く小百合。並ぶと私より少し背が高い。 「今はあんまりいないかな。でも、酷かった時期は結構いた。特に四月とか、サークルの先輩にやり捨てされたから傷付いてて」 言ってから、この話を他人にしたのは久しぶりだと思った。小百合が「えー……」とドン引きしたような顔をして私を見つめてくる。 「男に傷付けられて、その傷を埋めるために色んな男と寝てたってこと?」 「まあ、言い方次第ではそうなるね」 「それってダサくない?」 「ダサ……え?」 ここまで直球な悪口を言われると思っていなくて、思わず聞き返してしまった。 「男に傷付けられて男に頼るって、嫌な思いさせてきた男って生き物に結局依存してるじゃん。それでまたろくでもない男の相手して失望して嫌な気持ちになってたら悪循環じゃん。自分の傷の処理は、男以外のところでしな。桜狐には向いてないよ」 「……小百合にそんな正論言われると思ってなかった」 「何よ、あたし別に誰彼構わず股開いてるわけじゃないし。伊月さんは顔が好みだったから抱かれただけ。自分を慰めるためにヤリモクの男利用したことなんかない。そんな男とばっか関わってたら男のことどんどん嫌いになっていくだろうし」 繁華街から最寄りの駅に着くと、小百合の家の方面に向かう電車がタイミングよくもう来ていた。 「意味分かんないところで自分の価値下げるくらいだったら、その時間使ってあたしとまたモンブラン食べに行けばいいでしょ」 存外今日のモンブランを気に入ったらしい小百合は、最後にそう言って電車に乗り込んでいった。 その夜も私はセフレと会った。 伊月先輩の家にばかり行っていた分、随分と長く会っていなかったセフレだった。 行為が終わった後、寝転がったままスマホをいじって私に見向きもしないそいつの体を見てふと思った。 ――……下腹出てる。 顔は、かっこよくも悪くもない。ただ香水や服装がお洒落な雰囲気イケメン。 最初はかっこいいと思って関係を持ってたはずなのに、――何だか夢から覚めた気分だった。 「私、もう来ないかも」 服を着て上着を羽織り、この家に置いてあったカミソリやらボディソープやら化粧水を小さな鞄に詰め込む。 ただでさえ最近会えていなかった私が急にそんなことを言い出したから穴が一つなくなると思って焦ったらしいセフレがようやくベッドから起き上がってパンツ一丁のまま近付いてくる。 「何でそんなこと言うの? 俺とのセックス嫌いになった?」 パンツ一丁で情けない顔をしてこちらに手を伸ばしてくるその姿が滑稽すぎて、その手を振り払った。 「こういうことするのやめることにした。今までありがとう」 セフレはちょっと驚いた顔をしたけれど、「……分かった」と察したように手を引いて私を見送った。お互いに都合のいい関係なんて、所詮これくらいの軽さで切れる縁だ。 寒波が来た後の冷え込む夜の中を白い息を吐きながら歩いて行く。 人の言葉で自分がここまで突き動かされるとは思わなかった。小百合からの言葉だけじゃなく、多分愛衣先輩の言葉にも影響を受けている。 ――……正しく生きたい、か。 途中、信号に引っかかって立ち止まった。車通りは少ないけれどちゃんと止まって待つことにした。 その間暇だったので、LINEを開いてこれまで体の関係だけを築いてきた相手を片っ端からブロックしていった。 実はまだブロックできていなかった、新入生の時に好きだったやり捨て野郎のこともブロックした。 そして、あれから一度も謝罪のメッセージすら送ってこない伊月先輩とのトーク画面を開いて指を止める。 信号が青に変わって、横断歩道を渡りきった後で、結局伊月先輩のこともブロックした。 男と女はそもそも別の生き物で、見ているものだってきっとまるで違う。 男女が分かり合えるなんて有り得ない。少なくとも私は、これまで色んな男と関係を持ってきて、男という生き物と分かり合えることなんて一生ないと思った。 誰といようがどうせ孤独だ。 たとえ分かり合える相手と出会えたとして、その人が女の言うところの“理想的な男”だったとして、その人と一緒にいたら私はダメになってしまうだろう。 で、あれば。 分かり合えなくていいから傍にいたいと思える人と一緒にいなくちゃいけない、そう思ったから。
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