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【由良先輩、今日図書館残って一緒に勉強しませんか?】
【別にいいけど】
期末の勉強がヤバいので由良先輩を誘うと、由良先輩はこれまでよりもあっさりと誘いに応じてくれた。
フリーかフリーじゃないかの差は、由良先輩の中でとても大きいのだと思う。
これまでは断られてばっかしだったもんなぁ、と感じ入りながら、学生証をタッチして大学図書館の中へ入った。
静かな図書館の中の一角にはワークスペースという会議室があり、集団で勉強したい学生たちが使っている、喋ってもよくて飲食もオーケーなスペースだ。
期末テストの期間であるため人が多いが、端っこの二人席は空いていた。
荷物を置いて席取りをし、コンビニで買ったマドレーヌを食べながらiPadを開いて由良先輩を待つ。
【ここ取ってます】と写真付きでLINEした後数分して、授業後らしい由良先輩がワークスペースに入ってきた。
「珍しいな。お前が勉強に誘ってくるなんて」
「だって一人じゃ勉強できないんですもん」
大学の勉強で孤立するのはよくない。他の人がどれくらい勉強してるのか分からないから、できれば同学年で、そこそこの成績の人と仲良くなっておいた方がいい。
でも私は友達がいないし、唯一友達……友達? と言える小百合は普通に優秀でテスト範囲の勉強なんかもう終わってると言われたので、下心ありきで由良先輩を誘ってみた。私の交友関係なんて小百合と由良先輩と元セフレくらいしかいない。
「お前いつも伊月と勉強してただろ」
ギクリと漫画みたいな反応をして一瞬沈黙してしまった。伊月先輩の名前、今は出されたくなかったなあ。
「……伊月先輩と関わるのはもうやめたんです」
「へえ?」
由良先輩がちょっと意外そうな声を出しながら、円卓テーブルの上に教科書を出す。
「ていうか、セフレ全員切りました」
「お前が?」
「何でそんな信じられないみたいな顔するんですか。私だって別に、セフレいないと生きていけないわけじゃないんですよ。それに、これでクリアな状態で由良先輩のこと口説けます」
「別に前のお前がクリアじゃなかったとか思ってねえよ。どういう心境の変化なのかは気になるけど」
iPadに取り込んだレジュメにマーカーを引き始める由良先輩を見て、私もノートアプリを開きながら答えた。
「愛衣先輩の“正しく生きたい”に触発された節がありますね」
「……愛衣?」
「私愛衣先輩のこと、完璧なんだって思ってました。でもあんなに何でもできるあの人にも苦悩があって、恋愛で苦しんで、それでも前向いて歩こうとしてるんだなって思って。私なんだかんだ愛衣先輩に憧れてたんですよ。憧れの人が前に進むなら、私も進もうと思いました」
男に股を開いて承認欲求を満たすような生活はもうやめる。
小百合にもダサいって言われたし、それに。
「由良先輩にも心配させてましたしね」
思えば入学早々変なチャラ男に引っかかって遊ばれていた頃から由良先輩は私のことを気にかけてくれていた。
その後“男なんてそんなもん”と自分に思い込ませるように割り切って遊び始めた後輩のこと、優しい由良先輩なら心配して当然だ。
可哀想な子って立場で由良先輩の気を引くのはもうやめたい。
「由良先輩、カフェオレ一口いいですか?」
何だか気恥ずかしくて、由良先輩が何か言う前に、由良先輩が持ってきたまだ温かそうなコンビニカフェオレを指差す。
いつかの第三講義室でも、由良先輩にこうしてカフェオレを強請った。
「……いいよ」
今度は口紅が~とか文句言わずに受け入れてくれた由良先輩に思わず口元が緩んだ。
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大学図書館は申請さえすれば24時間利用できるのだが、私たちはほどほどで切り上げて終業時間の22時に館内から出た。
ぱらぱらと雨が降っており、傘を持ってきていなかった私は由良先輩の傘に入れてもらった。「天気予報くらい見ろ」とまた軽く怒られてしまった。
由良先輩は当たり前のように私を私のマンションまで送ろうとしてくれた。
途中で雨がやんだので、折角だし寄り道しようと思い、由良先輩と一緒にスーパーに立ち寄った。
マドレーヌしか食べていなかったので腹ペコなのだ。
「由良先輩も晩ごはん食べてないですよね。うちで一緒に食べません?」
「こんな時間に食べるのか?」
「由良先輩ともうちょっと一緒にいたいなって」
「一人で食えばいいだろ」
「一人は寂しいんですって~」
あまり乗り気ではない由良先輩を押し切って、カップラーメンを二つ買って私のマンションまで歩いていった。
もうちょっと余力があればここで手料理を振る舞って女子力アピールしてたけど、今日は私も沢山勉強したのでヘロヘロなのだ。今日くらい手抜きでも許されるだろう。
マンションの二階にある私の部屋を開け、電気をつけてすぐに暖房を入れる。
由良先輩が来ると分かっていたらもっと片付けていたが、流れで連れてきてしまっただけなので室内は衣類が散乱していた。
「すみません、今日はたまたま散らかってて! すぐ片付けます」
「たまたまじゃないだろ。前に来た時も散らかってた」
由良先輩が呆れたように笑う。
前に来た時……というのは、私がまだ新入生の頃、泥酔して由良先輩に駄々をこねて部屋まで連れ込んだ時のことを言っているんだろうか。黒歴史すぎて思い出したくない。
「あの時は手出してくれましたよね」
「まぁ……あれだけ駄々こねられたらな」
据え膳だし、愛衣先輩ともまだ付き合ってなかったですしね。
「えー。じゃあ今も駄々こねたら抱いてくれますか?」
床に散らばっていた衣類を適当にソファに投げ、台所に二つのカップラーメンを並べて、ケトルでお湯を沸かしながら聞く。
「無理」
「何でですか、ケチ」
「前と今で何が違うんですか~?」とむぅと唇を尖らせると、衣類を退かしてソファに座った由良先輩がゆっくりとした口調で答えた。
「今は大事すぎる」
一瞬フリーズしてしまった。ケトルのお湯を沸かす音がうるさすぎて聞き間違えたかと思った。
「……え、あ、う、そ、そうですか」
「何照れてんだよ。ガキ」
不覚にもどもってしまった私を見て、ふっとバカにしたみたいに笑う由良先輩。
その笑い方も好き!!と大声で告白してしまいそうになったが堪え、カップラーメンにお湯を注いだ。三分経ってからテレビ台の前に置いてあるローテーブルに並べて由良先輩と一緒に食べた。どこかの誰かの家と違って私の家にはスピーカーがないので、麺を啜る二人の音だけが静かな室内に響いた。
「この時間のラーメンは罪ですね」
「あぁ。うまいな」
ヤバい、幸せかもしれない。愛衣先輩と付き合いだしてから一度も私の部屋に来てくれなくなった好きな人と、今こうして並んでご飯を食べている。
「由良先輩、もう泊まっていきません?」
「襲われるからやだ」
「そんな……!」
あっさり断られてしまった。しつこく粘ろうとも思ったが、確かに襲わない自信はないので、渋々日付が変わる前に由良先輩を送り出すことになった。
まったく、おかたい男め……。でも、これまで関わってきた手の早い男たちとは違う、由良先輩のこういうところに安心したりもする。
「帰り道、気を付けてくださいね」
お互い食べ終わってから、玄関まで行って由良先輩を見送る。
幸いにも雨が降りそうな様子はもうない。
ああそうだ、次の約束もこぎつけないと……。次は何に誘おう、お互いテストが近いうちはデートもできないなぁ、やっぱり勉強関係かなと悪巧みをしていると、靴を履き終えた由良先輩が濡れた傘を持ってこちらを振り返った。
「言い忘れてたことがある」
由良先輩が今日で一番真剣な表情をしていたから、ごくりと唾を飲んで次の言葉を待つ。
「愛衣、サークルやめるらしい」
私が図書館で愛衣先輩の話題を出した時、あまり食いついてこなかった理由が分かった。
それ、言い忘れてたんじゃなくて、言いにくかっただけでしょう。
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