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昼休み。学内にある食堂の一角に、私、小百合、伊月先輩という謎メンツがいた。
「部長に推薦された!? 愛衣さん直々に!?」
それぞれ食券を買って番号を呼ばれるのを待っている間に、一限と二限の間にあったことを話すと、小百合が大袈裟なほどのリアクションを取ってくる。
「あんた部長とかやったことあんの?」
「高校の時生徒会やってたくらい」
「マジで……? 想像つかんわ。意外とリーダーシップ取れるタイプ?」
「いや、嫌われてたから押し付けられただけ」
高校の時は、クラス内から三人生徒会選挙の立候補者を出さなければならなかった。誰も出なければ他者からの推薦なのだが、そこで私が嫌がらせで選ばれた。
生徒会選挙なんてものはハキハキ喋って顔が良ければ通ってしまう。大きめの部活に入ってるとか、スピーチで面白いことが言えるかどうかも鍵だけど、“生徒会役員の中に最低二人女子を入れる”っていう決まりのおかげで私はウケ狙いのスピーチができてかつ友達も多い大規模運動部の男子たちに勝つ必要もなく、女子の中では一番まともなスピーチをして通った。
別に生徒会役員になりたかったわけではないけど、やるからには筋が通ったスピーチをしないとと思って本気を出してしまったのだ。その結果私は受験生になるまでの二年間生徒会活動に明け暮れることになった。
「高校の時から人付き合い苦手だったんだ? でも、学内イベントの管理経験あるなら意外と向いてるかもね、部長」
失礼なことを言ってくる小百合を軽く睨む。
「まぁ、愛衣ちゃんは人を適材適所に置くのうまいしね」
隣の伊月先輩がくすくすと楽しそうに笑う。ちゃっかり私の隣を確保してきやがって……。小百合の隣でいいでしょ、小百合の隣で。
「適材適所に置くのがうまかったら今の幹部の配置おかしくないですか?」
小百合がさらっと今の幹部たちを罵った。名前ばかりの今の部長に聞かせてやりたいところだ。
「今の幹部の配置は幹部学年同士で決めた役割分担だから、別に愛衣ちゃんの希望ではないよ」
「あーそうなんですか? 今の幹部全然仕事してないから、愛衣さん苦労してんだろうなーって思いながら見てました」
「俺は何でもやっちゃってた愛衣ちゃんが悪いとも思うけど。時には放任も大事で、上が何でもやってたら下は育たないのにね」
「たしかに……! それもそうですね、さっすが伊月さんですぅ!」
色々な意見が出される中、三人同時に番号を呼ばれたので定食を取りに行った。
セルフサービスの水を注いでから席につき、会話を再開する。
「でも桜狐アウェイじゃない? 部長になったとしても周りの他の幹部は三年生なわけでしょ」
「桜狐はもう嫌われきってるからこれ以上嫌われる必要ないし、礼儀とか考えずに発言できるからそこは別にいいんじゃない?」
「ああ、それもそうですね! さっすが伊月さんですぅ!」
小百合は伊月先輩にデレデレしている。
そんな猫なで声私と二人の時は出さないだろ。あと人のこと貶して意気投合するのやめてもらっていいだろうか? 何がそれもそうですねだ。
調子のいい小百合に溜め息を吐き、目の前のカレーをスプーンですくった。ここの食堂のカレーは辛い方を選択しても甘いのが出てくるから嫌だ。
「まぁ、とはいえ部長変えるなら幹部も一斉交代した方が都合はいいと思うけどね。サークル運営のノウハウない奴らずっと幹部に置いてても時間の無駄でしょ。それならこれからノウハウを覚えようっていう意欲がある新世代を育てる時間に回した方がいーよ」
……伊月先輩ってサークルのことについてだけは結構真面目に考えてくれるんだよね。
「ってなると、人員揃えないとダメですね。幹部って最低何人必要なんでしたっけ?」
伊月先輩の言うことは何でも真に受ける小百合がノリノリで質問する。
「三人。部長と副部長と会計。それ以外の細々した仕事を任せるためと、一人一人の負担減らすために八人構成にしてた学年も過去にはあったかな。でも必須ではないよ」
「ハイ無理ですね。私が部長で幹部やりたい人なんて二人も揃えられないですよ」
自分の嫌われっぷりを自覚しているためすかさずそう言った。
私に部長を任せるという話を愛衣先輩が部長に伝えるなら、この話は明日にでもサークル全体に広がるだろう。その時、一緒に幹部をやりたいと言い出す人間がサークル内にいると思えない。ただでさえこの間部会で揉めたばっかなのに……。
「小百合ちゃんがいるじゃん」
伊月先輩が小百合を指差す。小百合も私も驚いて伊月先輩を見つめた。
私は小百合がなってくれたら確かに話しやすいけど……。
「私幹部とかやりたくないですよ。勉強もありますし」
根は真面目で実は私たちの学年の成績上位者である小百合は、予想通り勉強を理由に断ってきた。
「副部長だったらあんまり仕事ないよ。部長が体調不良の時だけリーダーとして動いたり、普段は部長のサポートしたりするだけ。小百合ちゃんならできると思うな」
「じゃ、じゃあやろうかな……」
やるんかい。
イケメンが言うことだからって流されるな……! という視線を小百合に送ったが、小百合は全然私を見てくれなかった。
そんなこんなで昼食を食べ終わる頃、小百合はこの後大学図書館で勉強すると言って私たちの前から去っていった。
各科目の最終授業が徐々に終わっていっているため、今日は午後休だ。
私も勉強しなきゃいけないけど、今日は帰りたい気分だなと思って帰ることにした。
途中まで一緒の伊月先輩が付いてくる。伊月先輩の家はすぐそこだし、一緒に帰ると言っても距離的にすぐ終わるのでそこは拒否しないでおいた。
「見たかったな。俺も。桜狐が作るあのサークル」
不意に伊月先輩がそう呟いた。
そうだ、伊月先輩ももう卒業するんだ。
「伊月先輩は就職ですか?」
「うん。結構前に決まってるよ。引っ越しの見積もりもそろそろしてもらってる」
――引っ越し。
いつもコーヒーの香りがしていて、いいスピーカーで音楽が流れているあの部屋に、私が行くことはもうないんだ。
「ふーん……。でも、卒業したってまた遊びに来てくれたらいいじゃないですか」
「これまでの卒業生もみんなまた来るって俺らに言ってたけどね、OBで実際ライブイベントに来る人なんて一年に一人くらいだったかなあ。みんな働きだしたらそっちで人間関係ができて卒業した大学のイベントなんて来なくなるし、俺もそうなると思う。あと数年もすればあのサークルのメンバーは完全に入れ替わって、知ってる子たちもみんないなくなるだろうしね」
うわ、相変わらず可愛げないな。社交辞令でもまた来るって言って終わっとけばいいのに、そんな現実的なこと言うなんて。
でも正直同意見だ。今年の卒業生の中でまた来てくれそうな人はそういないと思う。伊月先輩なんて来ないであろう先輩の筆頭だ。
そんなことを思いながら歩いていると、伊月先輩のマンションを過ぎても伊月先輩が付いてきたので不審に思って聞いた。
「何で付いてくるんですか?」
「送ってくれる人が好きなんでしょ」
「私は夜の話をしたんですけど」
「昼間でも不審者出るかもしんないし。ね?」
遠回しに付いてくるなと言ったのだが、伊月先輩は当然のように私の隣を歩く。
「嘘。俺が桜狐とできるだけ長く居たいだけ」
前までは絶対私に対して言わなかったようなセリフをあっさりと吐いてくる伊月先輩に不覚にもドキッとした。
いやいやいやいや……ないない、ないでしょ。
変な気持ちを振り払うように首を横に振って気を取り直す。
気が緩んだら負けだ。うっかり惚れてしまわないようにちゃんと警戒してなきゃいけない。だって私――元々のタイプは伊月先輩みたいなチャラい人なんだから。
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