最後の餞

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最後の餞

――……今年度最後のライブの準備は、幹部を押しのけて私を中心に小百合や咲希たちも協力してくれて、先輩からどんな風に実施していたのかの聞き取りもしつつ、滞りなく前日準備まで持っていくことができた。 事の発端は、幹部がいつまでもアンケートを出さないことに咲希がキレたことである。 「アンタ愛衣先輩に推薦されたんでしょ!? 腹立つけど愛衣先輩の言うことは絶対だから、時期部長はアンタなわけでしょ。アンタがやってよ」なんて言葉に押され、私はグループで勝手にアンケートを作成した。現部長の許可は一切取っていない。 一度してしまうと何だか吹っ切れて、その他の準備も当たり前のようにやってしまった。 部長や幹部は戸惑っていたが、私はともかく気の強い女子枠である小百合や咲希もいることで何も口出しできない様子だった。 スケジュールは厳しかったが、部会で勝手に前へ出て決めるべきことを決め、何とか当日に間に合わせた。 私のする進行は、私の力というよりも愛衣先輩の真似事だ。これまでの部会、誰よりも集中して聞いていた自信がある私だからこそできる再現だと自分でも思った。 愛衣先輩の意向であることは既に全体に広まっているようで、私が前へ出ることに異論を唱える者はいなかった。つまりこれも愛衣先輩の力である。 愛衣先輩の決断や助けがなければこの卒業生追い出しライブは実施できなかったかもしれない。 改めて愛衣先輩の偉大さを感じてばかりだった。 「明日はお世話になった卒業生に向けて、悔いのない演奏をするようにしましょう! MVPには賞品があります」 何もしていないは言い過ぎかもしれないが私から見れば何もしていなかった幹部たちが明日に向けた言葉を全体にかける。 とはいえああいう役回りは私の柄じゃないので、してくれて有り難かった。愛衣先輩がいないことで、ただでさえサークル全体のモチベーションは下がっている。テンションを上げさせるための声掛けは必要だろう。 ライブの準備が終わった後はすっかり外が暗くなっていて、早く冬が終わらないかななんて思った。 でも終わってしまえば由良先輩たちは卒業してしまう。愛衣先輩も、……伊月先輩も。 そういえば、最近はライブの準備でずっと忙しくて会えていないけど、伊月先輩は今何してるんだろう、と思いながら新しく買った自転車を押していた時、スマホが震えた。 【今何してるの】 伊月先輩からのメッセージだ。返信を打ち込もうとして指を止め、受話器のマークをタップして電話をかけた。 数コールのうちに出た伊月先輩は、ちょっと驚いたみたいな声音で『もしもし』と言ってくる。 「ライブの前日準備してました。伊月先輩、明日来ますか?」 自分のライブがない時は参加しない人もたまにいるため、念のため伊月先輩に聞いた。 『桜狐に会えるから行くよ』 「会うって言っても私、明日は準備で手一杯ですよ」 『嘘。桜狐出るの?』 「何で知らないんですか。いい加減サークルのグループLINE入ってくださいよ。出演バンドのリストもう出しましたよ」 あれから本当に私としか連絡先を交換していないらしい伊月先輩は、何度言ってもグループに入らないのだから面倒臭い。 『桜狐、メンツ揃えられたの? あんだけ嫌われるのに』 「バカにしないでください。伊月先輩がいなくたって、それくらいできます」 本当は揃えられるかどうかちょっと怪しかったけど。 『桜狐が出るなら尚更行くよ。絶対行く。風邪引いて高熱出てても行く』 「風邪引いたら休んでください。他の人にうつすでしょう、迷惑です」 『そんなの知らないよ。誰に迷惑かけてもいいから桜狐の歌は聴きたい。俺、桜狐が出るライブだけは見逃したこと一回もないよ』 「そんなの初めて聞きましたよ」 『でもほんとだよ。桜狐のこと好きだもん』 「……あ、そ」 『照れたでしょ』 「照れてないです」 電話の向こうで伊月先輩が楽しそうに笑う気配がして、ああもう、かけなきゃよかった、なんて思いながら、 「とにかく、明日は来てください」 と言って通話を切った。 他のメンバーはともかく、私はあの曲、伊月先輩のために練習したんだから。  : 卒業生追い出しライブ当日に利用したのは、私たちのサークルが一番頻繁に利用しているライブハウスだ。予約も私たちがした。今回のライブ準備に私たちが大きく貢献したからか、幹部学年たちの当日の動きは控えめで、「挨拶よろしく」と何故か私に頼んできた。 「卒業生には全出演バンドが演奏を終えた後で一番いいなと思ったバンドに投票してもらいます」 マイクを通して淡々とそう告げ、匿名投票用の紙を小百合たちに配ってもらった。 卒業生全員に紙が行き渡るまで少し待っていると、卒業生の列に立っている伊月先輩とばちりと目が合う。 ――見すぎでしょ、私のこと。 ちょっと面白くてふっと笑ってしまった私に、伊月先輩も笑い返してきた。  : ライブは順調に進んだ。 後ろでは咲希がカメラを回してくれている。 ロックバンドを組んだ三年生たちが生み出す激しい音がハウス内を揺らす。 二月だというのに、暖房なんか付けなくてもいいんじゃないかってくらいの熱気があった。 うちのサークルはちょっとやって辞める人も多いけど、続ける人もいて、続けた人は絶対にうまくなっていく。定期的にライブイベントはやるし、部会も毎週あるし、嫌でも練習しなきゃいけない状況がそこにあるから。今演奏している三年生たちだって、去年よりもずっとうまくなっている。 その音に聴き惚れていると、後ろからとんとんと私の肩を叩く人物がいた。 「……はるりん先輩」 振り返った先にいたのははるりん先輩。去年一緒にバンドを組んだ時は派手髪だったのに、今では黒髪になっている。 演奏はロックからおとなしめの曲になり、はるりん先輩の声も聞き取れる程度になった。 「やっほう。今回のライブ調整したの桜狐ちゃんなんだって?」 おっとりした口調で問いかけてくるその様子は以前と変わらない。 「一部は、ですけどね。咲希や小百合も手伝ってくれました」 「さっすが愛衣ちゃんが選んだ次期部長だね! 自力で情報集めて初っ端から準備成功させちゃうなんて」 「……からかわないでくださいよ」 ふふふと柔らかく笑うはるりん先輩。 「部長、ほんとになるの?」 「まぁ……別に苦ではないですし」 「頼もしいなぁ。桜狐ちゃんが嫌じゃないならいいんだけど。愛衣ちゃんが無理矢理押し付けたんじゃないかなってちょっと心配してたからさ。……でもちょっと意外かも。桜狐ちゃん、部長みたいな役は面倒臭がるイメージだった」 「そりゃ面倒臭いですけど、やる人がいなきゃやりますよ。働きアリの法則みたいなもんです」 「そんなにこのサークルが大事?」 「……はい」 バンドの生み出す音が好きだ。 真面目にやってるから結果的に真面目に音楽やってる人間しか残らないこのサークルが好き。 月一で演奏が聴けて、準備は大変だけど人前で歌えて気持ちよくなれるこの場所が好き。 「そっか」 私の返答に、はるりん先輩は満足気に笑う。 「好きな人がやるのが一番だからね。桜狐ちゃんなら安心して任せられるや」 はるりん先輩は、愛衣先輩が部長だった代の幹部だ。幹部学年でなくなってからは運営に関与しなくなったが、いつまでも愛衣先輩に頼りっぱなしの次の代に対しては、思うところも沢山あったことだろう。 はるりん先輩の表情はどこかほっとしているようにも見えて、最後に心配をかけずに送り出せるようになって良かったと思った。 そうこうしているうちに自分たちのバンドの番が来たので、機材の設置をしに行った。 証明で照らされた舞台の中心に立ち、マイクを受け取る。隣の小百合も渡されたマイクを受け取った。 『こんにちはー。“WhiteNovel”で~す』 このメンバーの中で一番MCに向いているのは小百合だ。咲希は話を時間内に収束させるのが下手だし、咲希の取り巻き二人は控えめで人前で喋りたがらないし。 『皆さん思ってますよね、謎メンだなって』 どっと会場内が笑いに包まれた。 『正直私たち、仲良くないです』 また笑いが起こる。 『でも今日のために一緒にライブ準備したりライブ準備したりしていく中で仲良くなりました。多分このライブ終わったら会わなくなると思いますけど』 『会わないとか言ってねーじゃん』 小百合の言葉に咲希が口を出し、くすくすとサークルメンバーたちが笑っているのが聞こえてくる。 『何でこんな謎メンになったかと言いますと、そこにいるボーカルの桜狐が強引に勧誘したからですね。はい、桜狐、何か一言』 『え……。はぁ、まぁ、正直この人達のことは嫌いですけど、演奏の腕はいいので誘いました』 話を振られると思っていなかったので全く喋る内容を用意しておらず思わず本音を言ってしまった。 また笑いが起こる。私の発言で笑いが起こることなんてまずなかったので、何だかむず痒い気持ちになった。 『……てなわけで、桜狐はこんな風に毒舌なやつなんですけど、バンド練習に対してはすごく熱心で、今回やる楽曲も桜狐が決めてくれました』 小百合が目で合図して、バンドメンバー全員が構える。 『今回やるのは――BlueNovelの、“卒業”です!』 すぅっと息を吸い込んだ。 この曲のイントロはアカペラから始まる。 ここで掴まないと聴いてもらえない。 聴衆全員を虜にするつもりで声を上げた。 静かなライブハウス内に自分の声だけが通っていく。 苦しい――でも、やっぱり何より、きもちいい。 後ろから小百合のドラム、次にギター、ベース、キーボードが乗ってくる。 練習する時いつも思い浮かべていたからか、歌いながら思い出すのは、伊月先輩との思い出だった。 出会って最初の夜に3Pしたとか最低な思い出しかないけれど、それでもコーヒーの匂いのするあの部屋は、私にとって本音を話せる居場所だった。 伊月先輩はクズだし最低な野郎だと思うけど、私にとっては唯一無二の親友でもあった。 ――伊月先輩。この曲は、あなたへの最後の餞です。
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