最後の餞

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――でも、小百合はそんな私をダサいって否定してくれたのだ。 「今伊月先輩に頼ってたら、今までと変わらないと思うんです」 できるだけ強い口調で、伊月先輩に反論する。 「昨日、疲れた時に声を聞きたくなった相手は伊月先輩でした。だから電話をかけました。私のこれまでのこのサークルでの生活の中にずっと伊月先輩がいたから、しんどい時に頼りたくなるのが伊月先輩だったんだと思います。でも私、この気持ちが恋になり得るのか、ただ縋りたいだけなのか分かりません。私がまだ未熟だからです。だから伊月先輩とは付き合わないです」 それに。 「人の好意を利用して、自分だけいい思いするような人間にはなりたくない。だってそれって、私をヤリ捨てたあの男と変わらないから」 一人で傷付くのはしんどい。誰かと一緒にいたい。でもそれが男でなくていいなら、私はもう男に頼りたくない。 「諦めてください。私のことを好きになってくれてありがとうございました」 初めて人をちゃんとフったような気がする。怖くて伊月先輩の目を見れない、なんてことはなくて、割としっかりその目を見て言えた。 伊月先輩の瞳が揺れる。そしてしばらくして、その口元がゆるく弧を描いた。私はその笑い方が好きだった。 「強くなったね。弱いところも好きだったけど」 「……そうですかね」 「俺はそうやって変わっていく桜狐が好きだった。新入生歓迎の飲み会で初めて見た桜狐と、二回目に会った桜狐は、随分違ってたんだよ。この子は傷付けば傷付くほど強くなるんだろうなあって、その変化を傍で見てたくてずっと一緒にいた。きっと俺が卒業した後も、桜狐はもっと強くなっていくんだろうね」 伊月先輩は、やっぱ賢い女はみんな俺を置いていくんだよな、と意味不明な独り言を言った後、私に向き直って柔らかい声音で言った。 「待っててもいい?」 「……何を」 「まだ未熟だって言ったよね。未熟だから俺への気持ちが縋りたいだけなのか恋になり得る気持ちなのか分からないって」 伊月先輩が私の手を取って言う。 「男に縋らなくても立っていられるって自信が桜狐についた時、また会いに来たい。その時は全力で口説くから、そこで判断して」 「私は諦めてくださいって言ったんですけど」 「諦めきれないよ。俺にとっては初恋だもん。捻くれてるから君のことしか好きになれない。俺をこんなにしたんだから、最後まで面倒見てよ」 ……何度も思ってるけど、伊月先輩、そんなキャラだっけ? ここ最近の伊月先輩が私の中の伊月先輩とイメージが違いすぎて苦笑いを漏らしてしまう。 永遠の愛なんて信じてない。 脳科学的には恋愛感情の寿命は三年だ。 その頃に伊月先輩がまだ私への恋愛感情を抱いている可能性は低い。人の心は変わるものだから。 ……でもそれはきっと、私にも言えることだ。私の心が伊月先輩を好きになってしまうようなことも、ひょっとしたらいつかあるかもしれない。 「期待はしないでくださいね」 そう言って、私たちは不確かな指切りをした。 二人で熱気と興奮に満ちた室内に戻ると、音楽が鳴り響き、舞台上のバンド演奏が私たちを包む。 暗い照明と強い音量。ステージは照明や音響効果で演出され、サークルメンバーたちの演奏する姿が一層華やかに映る。ステージの前に集まる卒業生たちが音楽に合わせて手拍子をしている。 音楽で演奏者と聴衆たちが一つになっているこの空間も私は好きだ。 後ろの方で演奏を聴きながら、伊月先輩と並んで立っていた。 ふと隣を見上げるとこちらを見下ろす視線と目が合う。 そんな愛しそうな目で見ないでよって、ちょっとドキッとしたのは内緒だ。 こうして 私の二年生最後のライブは 幕を閉じた。
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