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「何で連絡くれなかったの? 俺ずっと待ってたんだけど」
「伊月先輩が送ってこなかったんじゃないですか」
「それはほら、待つって言った手前、ねえ。連絡してほしかった?」
「……まあ、多少は」
ぼそりと言った本音を伊月先輩は聞き逃してはくれなかったようで、顔を逸らした私の顔を手で自分の方へと向かせてくる。
「そういうこと言われると期待するけど。計算?」
「伊月先輩、顔赤いですよ。酔ってます?」
「予想外のタイミングで桜狐と会えてテンションは上がってるかも」
この声も香りも距離感も懐かしくて、もっとずっと一緒にいたくなる。大学生活のほぼ二年間、頻繁に会って時を共にした相手が今目の前にいる。
この二年、男と関わる機会を作る気にもならなかったのに、伊月先輩だけはもっと一緒にいたいと思う、それが答えな気がした。
「やっぱ俺らって運命じゃない? BlueNovelもそう言うよ」
真っ直ぐこちらを見て問いかけてくる伊月先輩の目を見て、ああこの人まだ私のこと好きでいてくれてるんだって思った。――だってその目は、二年前の卒業生追い出しライブで私に向けていた目の優しさと一緒だったから。
そういえば、伊月先輩と最初に喋ったのもこのバーだった。この席ではなくて、立ち飲みできるスペースだったけど。
そしてあの時も聴いていた気がする。BlueNovelの運命を。
「運命かどうか試してみます?」
伊月先輩の手を握り返す。
二年前の私にできなかったこと、今ならできる。
あの時は自信がなかったし、男に頼り続けないと生きていけない自分で居続けるのが怖かった。
でも今なら――伊月先輩と一緒に居続けること、試してみたいと思う。
成功するかは分からないし、運命なんて信じていないけど。
どうしようもない私の隣にずっといてくれたこの男のことを運命にするのも悪くないかと思うのだ。
:
「桜狐もらうね」
私の手を引く伊月先輩は、トイレを通り過ぎる時に小百合や咲希たちにそう声をかけた。
店を出ていく私たちの後ろで、
「ええええええええ!?」
という小百合の驚きの声と、ゲロを吐くそれどころではない咲希の音がした。
外は街頭と月明かりで照らされている。
お互い連れを放ってバーを抜け出した形だが、外の風は生暖かくて心地が良かった。
「BlueNovelが再結成したの知ってる?」
「そりゃ知ってますよ。ギターの人がボーカルやるんですよね」
「誰より先に桜狐にこの話したいなって思って、誰にもせずに取ってた」
「私以外に言っても伝わらないと思いますけどね、BlueNovel」
私たちは自然と手を繋いでいた。隣の伊月先輩が歩く速さを合わせてくれているのが分かって、ちょっとむず痒かった。
「伊月先輩」
「なーに?」
「私のこと粗末に扱ったら、百倍にして返しますから。その後捨てます」
そう言うと、伊月先輩はははっと大きく笑った。
「桜狐、また強くなった?」
「そりゃ二年も経ってますから」
「そういうとこ、好きだよ。心底惚れてる」
「よく飽きもせず私にアプローチできますね」
「俺はしつこいからね」
いやまぁ、確かにしつこいな……と納得して頷く私に、伊月先輩が付け足した。
「桜狐のいない世界は全然面白くなかった。俺は桜狐のことすごく大事だよ。大切にするし、もう離したくないなって思ってる」
「……伊月先輩、そんなキャラでしたっけ?」
「俺が本音言ったらいつもそう言うよね」
「だって私の中の伊月先輩ってもっとクズなんですもん」
「桜狐に対してはいつも誠実でいたつもりなんだけどなぁ」
どこがだ、と呆れ笑いをしながら、やっぱり伊月先輩といるのは居心地いいと感じた。
「伊月先輩、今もコーヒー作ってますか?」
「うん。休日はね」
「じゃあまた、遊びに行きます」
コーヒーの匂いのするあの部屋でこれからの生活を送ってみたいって、今は素直にそう思うのだ。
私は伊月先輩の腕を引っ張り、少し背伸びをしてキスをした。
二年前は不器用な人間関係ばかり築いたけれど今度こそ、ちゃんと目の前のこの人と向き合ってみたいと思いながら。
【完結】
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